告白 アンドロイドは紅茶を飲まない。
わかってはいるが、彼女は飲むフリをしてティーカップをソーサーに戻した。
「何か言いたげね、ロジャー」
心を読まれたかのような気持ちでいると、R・ドロシー・ウェインライトはすっと立ち上がり、飲まなかった紅茶をこちらに差し出してきた。
私はその若干ぬるくなった紅茶をひとくち飲むとホッと息を吐いた。
「なにか悩みでもあるみたい」
「……嫌な過去を思い出した」
「過去を失った街で何を思い出すことがあるのかしら」
紅茶を一気に流し込む。渋みが出てきていたのか、喉に少しだけ不快感を残した。
「——交渉人をしていると、情報を集めなければいけない……」
「そうね」
「私は——身体を売って、情報を得たことがあるんだ……」
ドロシーは小首を傾げて、私の話を聞いていた。
「身体を売るということは、臓器でも売ったのかしら」
「そういうことじゃなくてだな……セックスを、強要されたんだ……」
ドロシーが僅かに目を見開いたような気がした。
「セックスって、性行為のことよね。女性に強要されたの?」
ドロシーは恥じらいもなくそう言ってのけた。
「……男だ。ありゃいま思えば変態だったな」
「ロジャー」
「なんだ?」
「私、許せないわ」
「……そうだよな、身体を売って汚れた男なんて——」
「ロジャーは汚れてないわ。私が許せないのはその男よ。どこにいるの、私が懲らしめてあげる」
私はドロシーの言ってることが理解できなかった。理解しようとしてた脳が拒んだ。彼女はなにを言っているんだ?
「どこにいるの」
彼女は力強く聞き直してきた。
私はかぶりを振り、彼女の手を握った。アンドロイドの手は硬く、冷たい無機質なものだった。
「いいんだ、ドロシー。その気持ちだけで私はうれしい……それに、かなり前のことで、もう覚えていない」
「でも、思い出したと言ったわ」
「ぐ……顔も名前も、思い出していない! 思い出したのは——不快感だけだ……」
ゴツゴツした手が肌の上を這う不快感。慣らされずに挿入され、裂けてしまった本来なら挿れることのない場所。——痛みと不快感がざわざわと蘇る。
「ロジャー、顔色が悪いわ」
「……ドロシー」
「……そう」
ドロシーはひと言つぶやいて、私を抱きしめた。やはり硬い。布は柔らかいが、アンドロイドの硬さが若干痛かった。が、それ以上に安堵している自分がいた。
「ドロシー……」
「ロジャーが子どものように見えたから、こうしているだけよ」
「私は子どもじゃない……むぐ」
「いい子ね、ロジャー・スミス」
ぎこちない手つきでドロシーは私の髪を撫でた。
「もう二度とそんなことがないように、これからは私が貴方を守ってあげる」
「失礼な。自分の身は自分で守れるぞ」
「この前誘拐されたことを忘れたのかしら」
図星を突かれた。あの時は彼女が助けに来てくれなければ、今ごろビッグ・オーは海の底だったし、私の身もどうなっていたかわからない。
「私の可愛いロジャー、貴方は綺麗よ」
「恥ずかしいぞドロシー……」
「……冗談よ」
ああ、これは冗談ではないようだ。本当に私のことを可愛いと思ってくれているのだ、彼女は。
微かに聞こえる機械の駆動音がまるで心臓の鼓動のようで、心地が良い。ウトウトしてきた私の頭を、ドロシーは放さず撫で続けた。
「ロジャーさ……おっと」
「しー……眠ったところよ」
「お疲れのようでしたからねぇ」
「ベッドに運ぶわ」
ドロシーはロジャーを軽々と持ち上げ、そのまま寝室へと向かった。
「……あんなに穏やかな顔で眠っているロジャー様を見るのは、久しぶりですなぁ」
ノーマンは嬉しそうに微笑むと、ティーカップの片付けを始めた。
今日はビッグ・オーの出番はなさそうであった。
終