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    pinacot_

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    pinacot_

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    蕾はまた違う色の花を咲かせる あの時の俺が、先に逝ったあの人たちを恨んだことはないかと聞かれたら、少しだけ言葉に詰まるだろう。それほどに、自分が持ちえぬものをすべて揃えて形作ったようなあの人たちがまばゆかった。



    「俺はお前みたいに周りを明るくさせるような饒舌さも持っていない」
    「いきなりどうしたの、リベリオ」
    「何の面白みもない男のことを、どうしてそんなに構うんだと……、ふと気になった」
     女は輝石みたいに澄んだ瞳をまあるくして、考え込むように少し目を伏せ、ケラケラと大きな声で笑った。
    「冗談を言ったつもりはないのだが」
    「アハハ、うふ……、うん、ごめんなさい。それは分かっているけれど。」
     何が面白いのか分からないが、女は楽しそうにひとしきり笑って疲れたのか一呼吸置いた後、今度ははにかむように微笑んだ。
    「リベリオって、なーんにも自分のことを分かってないのね。あなたが優しいことを分かってるから、みーんなあなたのことが好きなのよ?」
     そんなことを言いながら、女はにひひと無邪気に笑う。俺はぎこちない、笑顔とも呼べないような何かしか持っていないというのに、この女はどれだけの笑顔を持っているんだと疑問に思うくらいいつも違う種類の笑顔を見せてくるものだから。俺はいつも眩しくて、直視できなくなるのだ。
    「不器用なことは否定しないけれど。私もそんなあなたが好きだから構いたくなるの」
    「……サーシェ、」
     口を開きかけてやめた。そんないくつもの笑顔を俺に向ける彼女の、唯一俺に向けられることのない熱を感じたから、正気に戻った。
    「あ、__!」
     種類が違うのだ。恋慕と、彼女のものは恐らく親愛。この二つは交わらないものであり、交えてはいけないものである。
    「お早う、サーシェ。リベリオ、弁当忘れてたよ」
    「あ、ああ……。すまない、ありがとう」
    「ああ」
    「おはよ。ね、リベリオったらいきなりおかしいことを言うのよ?気難しい顔をして何を言うのかと思ったら、『何で俺に構うんだ』ーって!」
    「ハハ、分からないのはリベリオだけだろうな。不器用で頑固で口下手だけど優しくて、まったく俺には出来た弟だよ」
    「そうよね、そうよねっ?私も同じことをリベリオに言ったのよ。あっ!そういえば__」
     そこまでは言ってなかっただろう。二人して悪口と変わらないではないか。二人は本人の目の前だと言うのに気にも留めず、褒めているのだか分からない俺についての会話を繰り広げている。
    「……それは、貶しているのか?」
    「褒めてるの!」
    「褒めてるんだよ!」
     息もぴったりである。
     俺はそんな入る隙もないくらい、飛び交う弾丸のように、目まぐるしく変わる二人の会話を横で聞いていることも好きだった。
     結論から言ってしまえば、俺とサーシェが結ばれることはない。
     明るくて素直で穏やかな彼女は順当に、明るくて素直で穏やかな兄と結ばれた。それでよかったのだ。不愛想な俺とはどう考えても釣り合わなかったし、彼女と同じくらい、早くに両親を失った状況で俺の面倒をずっと見てくれていた兄にも幸せになってほしかった。
     彼女が俺に向ける視線を、『手のかかるかわいい弟』のようなものに分類できると気づいた頃にはもう、彼女への恋慕もすっかり捨て去っていた。
     自分の中の彼女への感情が、『家族愛』に似たものに変わっていくことを感じた日、それはそれは心底安堵したものだ。



    「兄さん」
    「リベリオ」
    「子供ができたんだって?サーシェから聞いたよ。おめでとう」
    「……そうなんだ。ハハ、驚いたろ?」
    「ああ。兄さんと同じ反応をしていたと言っていた」
    「アハハ!サーシェ曰く、俺とリベリオはよく似ているらしいからな」
    「周りからはそう見えるのか……?」
     そんな何でもない会話だった。ふと、『なあ、リベリオ』と、兄さんは何だか改まって俺を呼ぶ。
     俺は少し身構えた。兄さんには気づかれていただろうから。だが、兄さんは何も言わないままこつん、と額と額をぶつけてきた。
     サーシェが用いていた感謝を示すやり方である。面食らったまま固まっていると、兄さんは少し照れくさそうに笑った。
    「リベリオ、ありがとうなぁ。お前がいたから、俺は頑張れたんだよ」
     男兄弟でそんな気恥しいことをする奴がいるか、と突っぱねようとしたが受け入れた。ありがとうだなんて、俺が一番言いたいことなんだ。
     いつもやりたいことをやらせてくれて、ずっと傍で俺の夢を応援してくれていたんだから。
     改めて自分のことのように嬉しくなって、滅多に出ない涙を流してしまった。
     そんな俺を見た兄さんはぎょっとして、程なくした後つられて泣いている様だった。兄さんの涙も見たことがなかったから、驚いたものだ。
     この時のことは、今でもよく覚えている。



    「ぱぁぱ!」
    「パパじゃない。り、べ、り、お」
    「……?ぱ、ぱ!」
    「……違う。り、べ、り、お」
    「ぱ!ぱ!」
    「……」
     あの人たちがいなくなってからのことは、あまりにも目まぐるしい日々だったものだからよく覚えていない。子育てのことなんて勉強したこともなかったし、何を食べさせたらいいのかも分からなかった。
     俺のことを『パパ』だなんて呼ぶオルコに、お前のパパは俺の兄さんなんだよと頑なに教えていた時期もあった。
     サーシェの遺伝で生えた、小さな翼をパタパタと一生懸命はためかせ飛び回るオルコを捕まえるのにも一苦労だ。死者の国の人間には翼なんて生えていないのだから。
     子供の成長は早いもので、あの二人が見たかったであろう瞬間を、俺だけが享受していることに耐えられなくて涙が出そうになった時もあった。オルコには口が裂けても言えないことだが。
     初めて作ったスープをおいしそうに口に運んだことに。ひどく、ひどく安心したこともある。
     俺が兄さんとサーシェにもらったあたたかいものを、あの二人がオルコに渡したかったものを。余すことなくすべて、オルコに渡してあげたくて必死だった。
     もう朧げだが、そんなことばかりは鮮明に思い出せる。二人の輝石は早くに手放してしまった。握った時の感覚を何度も何度も反芻して、いつも二人に『これでよかったのか』と問うていた。この頃の俺は、答えを探してばかりいた。



    「……リベリオさん?」
     コンコンコン、と作業部屋の扉を控えめに叩く音が聞こえた。返事を返すように部屋の扉を開けると、後ろに見える翼をびくりと逆立たせ、機嫌を伺うようにこちらを見上げたオルコと目が合った。
    「どうした、何かあったか?」
    「え、と……。リベリオさん、ずっと部屋に篭って仕事してたでしょ?お腹、空いてないかなって」
    「……ん?今、何時だ?」
    「に、二十時だよ……。ご飯、つくった、から。」
    「……すまない、気づいていなかった。ありがとう、作ってくれたんだな」
    「た、たまにはあたしも作らないと……!いつも、作ってもらってるし」
    「……オルコ、食事は済んだのか?」
    「えっ!?まだ食べてない、けど」
    「それなら一緒に食べようか」
    「えっ!?わ、分かった……。あたし、用意してくる、から!着替えて待ってて!」
     オルコは嫌なのかどうかよく分からない反応をして、逃げるようにリビングへ向かっていってしまった。さすがにあの歳になると、親代わりの男と一緒に食事をとるのも嫌なのだろうか?
     年頃の女の子は接し方が分からない。小さかった頃とはまた違った大変さがある。ましてや俺はコミュニケーションが苦手だから今の大変さの方が少々堪えるものである。
     作業着から軽装に着替えてリビングへ向かうと、小さく縮こまるようにして席についていた。
    「待たせてしまったな」
    「う、ううん!だいじょーぶ、だよ」
    「いただきます」
    「い、いただきますっ!」
     オルコは食べ始める様子もなく、こちらをじっと見つめている。声をかけてしまえば、またびっくりして今度は皿までひっくり返してしまいそうだったので気づかないフリをしてスープを口に運んだ。
    「……美味い」
    「ほんとっ!?」
     瞬く間にぱぁっと顔が明るくなって、思わず呆気に取られてしまう。サーシェの面影を見たような気がした。
    「ああ、本当だ。オルコ、この味って……」
    「あ、わ、分かった……!?そうなの、リベリオさんが、いつも作ってくれるヤツ……!上手くできてたならよか、……コホン。」
     喋りすぎたとでも言うように、咳払いをして押し黙ってしまった。まずいことでも言ってしまったのだろうかと心配になってしまう。
    「……あ……。いや、味を覚えていてくれて嬉しいよ。火傷はしなかったか」
    「だ、だいじょーぶ……。へへ、リベリオさんって、マメだよね。調味料とか、全部名前書いてあって分かりやすかった」
    「そうしないと俺が間違えてしまうから。お前に変なものを食べさせられないしな」
     また無言が流れる。会話の一つでさえも探り探りなのだ。
    「……作るの、難しくなかったか」
    「そ、それも、だいじょーぶ……!リベリオさんが作ってくれてるとこ、後ろからよく見てたから」
    「……そうか。悪いな、直接教えてやれなくて。人に教えるのは、少々、いや大概……苦手なんだ。サーシェがいたら、」
     きっと上手く教えていただろうな。そう言いかけて、今度は俺が押し黙る。無意識だった。ハッとしてオルコの方を見やる。両親の話を避けているわけではないのだが。寂しい思いをさせるだろうと、話を数えるくらいしかしたことがなかったのだ。
    「サーシェ、って……。母さんのこと、だよね」
    「あ、ああ。」
    「母さんも、このスープ、作ってたの?」
    「いや、そういうわけでは……。味は、ずっと昔に俺が調整したものだ」
    「そっか。」
     伺うように目を泳がせていたオルコが、意を決したように口を開いた。
    「じゃ、じゃあ、母さんに聞いても分かんない……よね。だって、リベリオさんの味なんだもん」
    「そ、そうだな」
    「だ、だから……!リベリオさんが、暇なときに、教えてほしい……!あたし、もっと上手く作れるようになりたい、から」
     そう言い終わったオルコは、気が抜けたようにだらんとうなだれた。と思ったらいきなり起き上がり、言い訳を探すようにオロオロと次の言葉を考えているようだ。
    「あ……、でも、仕事忙しい、よね。無理はしなくていーよ、」
    「……ハハ」
     親のような存在に教えを乞うということに、そんなに慌てることはないだろう。次々にコロコロと表情が変わっていくオルコを見ていると、なんだか面白くなってしまった。自分より動揺している人を見ると逆に落ち着いてしまう、というのはこのことだろう。
    「そんなに、変なこと言ったかな……」
    「いや……、すまない。当たり前のことだ。今日はもう遅いから、明日でも構わないか?」
    「……う、うん!た、楽しみにしてる……!」
     いつも答えを探していた。大切な人たちの宝物に、俺は心をちゃんとあげられているのだろうかと。二人からもらったものを、繋げることができているのだろうかと。
     オルコは相当気を遣っていたんだろう。食べる俺のことを考えて、味がおかしかったりしないだろうかと考えながら作ったんだろう。優しい子に育ったと、思う。
     がむしゃらに走った十数年を、認めてあげられたような気がした。まだ迷うことはきっとあるだろう。両親の話をどう伝えればよいか分からないままでいる俺にも気づいているのかもしれない。今この時は、あえて触れない優しさなのかもしれない。
    「俺も楽しみにしている」
     俺がそう言うと、オルコは花が開いたように明るく笑った。こんな風に笑わせることが、俺にも出来たらしい。こうして少しずつ家族の形に近づいていければいいと思った。
     次の日の夜、キッチンで隣に人が立つことに慣れない俺が鍋に手を当てて火傷してしまい、オルコを泣かせてしまったのはまた別の話である。
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