小小SS 背後で揺れ動く気配で、『小狼』は目を覚ました。
(……また、か)
慣れた予感に、ぱちりとまぶたを開ける。薄暗い視界の中、カーテンの隙間から朝焼けの赤い光が射し込んでいた。
この世界に着いて早一週間。
治安はよく、景観もよい、阪神共和国にも似たこの土地で、一行は運よく仮の住まいを手に入れた。
大部屋が二つあったため、年上の同行者たちとは寝所を分けた。白くて小さい道先案内人は、今晩は向こうの部屋を選んだようだから、今ここにいるのは『小狼』たち二人きり。
ギッと小さく響いたのは、背中合わせで眠る彼の歯ぎしりの音。
「…………」
『小狼』は、多少の眠気の残る眼をこすりながら、上体を起こした。
ベッドに手をつき、背後を見る。薄手のタオルケットを体に巻きつけ、胎児のように膝を丸めて眠る彼が、
「……っ、う゛ぁ」
小さくうめき声を上げた。
シーツを握る腕に力がこもり、眉間に刻まれたシワが、更に深くなる。
何かを拒否するように彼が頭を振り、淡い栗色の髪が、寝具の上で乾いた音を立てた。それでもまだ、固く閉じたまぶたは開かない。
「……小狼」
彼は昨晩遅くまでこの国の歴史書を読んでいたから、日が昇り始めた今起こすと、睡眠不足になるかもしれない。
だが、悪夢の中にいるよりは現実の世界に帰ってきたほうが、きっといい。
「小狼、起きて」
こわばる肩を揺らすと、ぴくりと小狼の体が跳ねた。
「……ッは」
バネ仕掛けみたいに、カッとその目が開かれる。ぎょろりと回る赤錆の瞳が『小狼』の姿を捉えると、彼はがばりと身を起こした。
「っ、ケガはっ、してっ……」
「してない」
「はっ……ぁ、ほん、とに……?」
「本当だ」
『小狼』の無事を確かめるように両頬を包んでいた手が、ベッドに落ちた。
「よか……った……」
腕の中に、小狼が崩れ落ちる。
荒く吐かれる呼吸が早く収まるよう、背中をなでると、そこは汗でじとりと湿っていた。
夢を見るのだという。
多くの人を傷つける夢を。
「もう、大丈夫……ごめん……」
彼の呼吸が落ち着く頃には、金色の朝日が部屋を照らしていた。
「謝らなくていい」
力なく微笑む小狼にそう告げるが、
「それでも、ごめん」
返ってきたのは、謝罪の言葉だった。
寝所を分けると決めたとき小狼は、白くて柔らかいほう(自称)との同室に難色を示した。
対して、黒くて固いほう(他称)には同室を希望して、こう話した──寝ている間の自分に何かあったときには、“対処”してほしい、と。
『小狼』はそれを拒否した。
どうか自分と一緒にいてほしいと、彼に懇願した。
長く一緒にいられなかった時間を埋められるよう、どんな彼も欲しかったから。
──だから、謝る必要なんてない。
「おれが望んだことだから」
細く、力の入っていない体を抱きしめ、その手を取る。
一分一秒でも長く、彼と共にいたい。そのためならきっと自分は、なんだってする。
「……『小狼』?」
小狼が小首を傾げる。
何の疑問も持たず、なすがままになっている彼を愛おしく思いながら、その手首に口づけた。