Sweet bitter orangette それじゃいくよ、藍良!」
「う、うん……」
今日は二月十四日、バレンタイン。二十二時三十分、ふたりきりの部屋。
おれの傍には、とびきりラブいラッピングをしたヒロくんのためのチョコレート。
おれの目の前にいるヒロくんは、逃がさないとばかりに両手でおれの両肩をがっちり掴んで、めらめら燃えるような青い瞳でおれだけを見つめている。だんだん近付いてくるヒロくんの顔の目の前で、おれは何故か必死に薄い透明の膜——ラップを広げていた。
♡♡♡
ヒロくんと付き合って一カ月。恋人になってから初めてのバレンタイン。バレンタインに会う約束はしていなかったけど、夕方からALKALOIDでの撮影があって、終わったら直帰のスケジュールだったし、暗黙の了解でその日の夜会うんだろうなと思っていた。
おれたちが付き合っていることを知っているのは、タッツン先輩とマヨさんとこはくっちと不本意だけど天城燐音……先輩の四人だけ。ヒロくんは勿論、寮のみんなにもバレないように、バレンタインの三日前から学校の調理室を放課後借りてこっそりチョコを作っていた。みんなにあげるチョコとは別の、ヒロくんだけに喜んでもらうための特別なチョコ。
お取り寄せして数日前に届いたハート型のレモンを丁寧に丁寧に洗っていく。いつも素直になれないおれの気持ちをたくさんの砂糖に込めて、何度も熱しては冷ます。そして、二日間時間を置いたら、まるで宝石みたいにきらきら輝くレモンのコンフィの出来上がりだ。最後の仕上げに、ハートの右上にだけほろ苦いビターチョコレートをかけて冷ましたら、ヒロくんへのバレンタインチョコ——ハート形のレモンのオランジェットが完成した。我ながらヒロくんへのチョコとして百点満点のものが出来たのではないかと思う。今すぐヒロくんに渡したい気持ちを抑えこむように、赤いハート柄の透明の袋に一つずつ丁寧に入れて、半透明の白いハート型の箱に敷き詰めたペーパークッションの上に綺麗に寝かせていく。ハート形の蓋をして、赤いリボンを結んだら、とびきりラブいバレンタインチョコが誕生した。一人だったけど、思わずラブ~いと声に出てしまう程の可愛さで、角度を変えては何枚も写真を撮った。ハート形のレモンにチョコなんて、SNSにあげようものならヒロくんのファンをざわつかせるのは目に見えているから、絶対に誰にも見せないと心に誓う。そして、また角度を変えて撮りなおそうとした時、スマホに連絡がきた。連絡をくれたのは、今まさに撮影会をしているチョコを渡す相手——ヒロくんからだ。おれはどきどきしながら内容を確認した。
——明後日仕事が終わったら、十時ごろに僕の部屋にきてほしい。
本当は、明日までにバレンタインの話が出なかったら、おれから話を持ち掛けようと思っていた。バレンタインの日にわざわざヒロくんからお誘いをしてくれるなんて、おれたち本当に付き合ってるんだなと思うと、思わず頬が緩む。一つ気になるのは、ヒロくんの同室の先輩たちのこと。「分かった」という返事とともに、その疑問も投げかけてみると、二人とも泊りがけの仕事で、待ち合わせの三十分前にはヒロくん一人だけになるらしい。わざわざ、二人がいない時におれのことを部屋に呼ぶって、なんだかドキドキする。付き合ってから、遊びに行くことの延長戦のようなデートしかしたことなくて、完全に二人きりになるということがなかった。ヒロくんのこと、恋愛のれの字も分からないようなひよこちゃんと思っていたけど、そうでもないのかも。付き合って一カ月経つが、誰も見ていないところで手を繋いだり抱きしめ合ったり、正直付き合う前とスキンシップの頻度が増えただけで内容に変わりはない。本当はもっと、触れてほしいし触れたいけど、おれからおねだりするのは何だか恥ずかしくて、何度も言葉を飲み込んだ。でも、もしかしたら、バレンタインデーに誰もいない部屋に二人きりなんて、これは初めてのキスができるチャンスじゃないのだろうか。もしそうなったら、すっごく、ラブい。
特別な日に、特別な人へ、特別なプレゼントを渡したら、きっとおれも少しは素直になれるはず。
そう自分へ期待して、おれはぎゅうっとスマホを握りしめた。
♡♡♡
「「お疲れ様でしたー!」」
ALKALOIDでの撮影は、時間が押すこともなく予定通りに終わった。おれは、いつもお世話になっているスタッフさんたちにチョコを渡して、星奏館の玄関でタッツン先輩とマヨさんに、スタッフさんたちに渡したものよりもちょっぴり豪華なチョコを渡した。
「ありがとうございます、藍良さん。大切に頂きますね」
「藍良さんの手作りチョコ……あぁっ! 勿体なくて食べられる気がしないので今から永久保存できる方法を調べてきますっ!!」
「いやいや、その気持ちは嬉しいけどちゃんと食べてほしいなァ。二人への感謝の気持ちだもん。いつもありがとねェ」
照れくさい気持ちを隠すために目線を逸らしながらそう言うと、マヨさんが更に捲し立てる。
「あぁっ……照れてる藍良さん可愛いっ! その赤く染まった頬を四六時中思い出せるようにこの目に焼き付けたいっ」
興奮しているマヨさんをタッツン先輩が落ち着かせている様子を見ていると、くいっと服の袖を引っ張られた。
「藍良、僕にはないのかな?」
——あるに決まってるじゃん。今渡せないだけで。
この場で自分だけチョコをもらえないことに、ヒロくんは不思議そうにしていた。こういう時にストレートに聞けちゃうところがヒロくんらしい。
「……ヒロくんには後であげるから」
背伸びをしてヒロくんの耳元でそう伝えると、ヒロくんはぱっと笑顔になった。その様子を見てか、いつの間にかタッツン先輩とマヨさんは、微笑ましそうにおれたちを見ていた。その視線に耐えられなくて、おれは「いつもありがとねェ! じゃあまたね!」と三人に告げると、そそくさと部屋へと戻った。
ヒロくんとの待ち合わせまであと三時間。お風呂に入って、念入りにスキンケアをして、リップクリームを塗って、ヒロくんのすきなレモンの香りのヘアミストを振りかけて。最高の状態でヒロくんに会いに行くんだ。
♡♡♡
二十一時五十九分。
おれはヒロくんの部屋の前で三回目の深呼吸をしていた。ノックをするのを躊躇して、握りしめた右手を何回もあげては下ろす。左手にはバレンタインチョコを入れた紙袋を持ってここまで来たのはいいが、部屋の前に着いた途端なんだか凄く緊張してきた。ポケットに忍ばせた鏡を取り出して、前髪が変になっていないか最終チェックをする。数秒前にもチェックしたばかりだから、コンディションは最高だ。約十分前から深呼吸とノックの構えと鏡を見ることを繰り返している。しかし、もうすぐ約束の時間だと思うと、緊張がだんだんどうにでもなれという気持ちに追いやられてきた。さっき塗ったばかりだけど、少しだけ乾いてきたような気がする唇にもう一回リップクリームを塗ると、覚悟が決まった。
よし、いくぞ……!
「藍良! なかなか入ってこないけどどうしたの?」
「ふぎゃっ! ヒロくん!? びっくりしたァ!」
ノックをしようとした瞬間扉があいて、おれは思わず後ろに飛び退いた。
「ほらほら、早く入らないと体が冷えるよ?」
そう言うと、ヒロくんおれの手を引っ張って、部屋の中にぐいぐい招き入れると部屋に鍵をかけた。おれがうだうだしている扉一枚向こう側で、ヒロくんはおれの様子を伺っていたのだろう。
「もォ、前から言ってるけど気配消さないでよねェ!? 分かってたなら早く声かけてよォ」
「藍良が十分前くらいから待機してたのは分かってたけど、なかなか入ってこないのには何か理由があるのかなと思って。何してたの?」
おれが到着した時間まで気付かれていたなんて。心の準備をしてたなんて言えるわけない。
「ヒロくんには分からないだろうけど色々あるの!」
「フム。よく分からないけど、色々あるんだね」
ふふ、と微笑みながら、ヒロくんはベッドの近くのソファへとおれを座らせて、その隣に同じように腰かけた。もうきっと何が入っているかは分かっているだろうし、おれはヒロくんへのチョコレートを目の前の丸いローテーブルの上に乗せた。
「早速本題に入るけど、今日藍良のことを呼び出したのには理由があるんだ」
ヒロくんはおれに向き合うように座り、仕事の打ち合わせをしている時みたいに真剣な眼差しでおれを見つめてくる。
あれ、もしかして、おれが思っている展開じゃないかんじ?
「え? 何? バレンタインだから一緒に過ごそうってことじゃないの?」
「? バレンタインは恋人と一緒に過ごすイベントなの?」
はあ?嘘でしょ。確かにクリスマスみたいに大事な人と過ごすって習慣化されたものじゃないけど、愛を伝える日だし恋人たちが会うには最高の口実じゃん。そう言ったところで、もう僕たちは愛を伝えあって付き合っているよねとか言われようものなら、おれだけ張り切ってるみたいで空しくなるから、できるだけ冷静に理由を聞いた。
「じゃあ何で呼び出したの?」
「それはね藍良、僕とキスしてほしいよ!」
一瞬、時が止まった。
「えっ、……えええ!?」
あまりにも直球すぎる。確かに、おれはその展開を期待してたけど、あまりにも過程がぶっ飛ばされている。おれが困惑しているところに、更にヒロくんは追い打ちをかけるように言葉をかぶせてきた。
「明日のドラマの撮影でキスシーンがあるらしくてね、やったことないから練習させてほしいんだ」
ドラマでキスシーン? それも聞いてないし。いきなり喉が塞がったようにうまく呼吸ができなくなって、きゅうっと胸が苦しくなった。そんな中、おれは必死に頭の中で今の状況を整理しながらも、口からは正直な気持ちが漏れ出ていた。
「いやいやいや、……いやいや、こんな雰囲気もない中やるのなんて無理無理無理ィ! 言っとくけど、おれファーストキスからねェ!? 初めては特別なんだよォ!?」
「でも一昨日言われたんだよね」
「何なのその急すぎるスケジュールは!?」
「キスするフリでいいらしいんだけどね。それでも、藍良とまだしたことないのに、他の人とそれに近しいことをするのはどうかと思って」
キスするフリ。それを聞いて全身から力が抜ける程、ほっとした。
「それに、こんなこと恋人の藍良にしか頼めないし、僕も初めてが藍良以外だなんて嫌だからね」
「うっ」
思わず、きゅんとして怯んだ。未だに恋人扱いされる度にドキドキしてしまうのは、いたしかたないことだろう。そんなおれの心情を分かってか分からずか、ヒロくんはぐっと顔を近づけてくる。
「どうしても駄目かな、藍良?」
捨てられた子犬のように揺れる目の奥にある、一度捕えたものを離さないような、見えない力を持ったその目に、おれは弱かった。もし、同じユニットになることがなかったら、きっとおれはヒロくんのファンになっていたに違いない。そう思うくらい整った顔で迫られると、何でも許してしまいそうになる。でも、こんな必要に迫られてするファーストキスなんて、おれの理想とはかけ離れすぎている。おれの中では、ヒロくんにチョコを渡して、その場で食べてもらって、そしたらなんだか甘い雰囲気になって、キスするっていう流れを何となく想像していた。想像とも理想とも違う現実に、思わず頭を抱える。
その時、ふと、視界に入ったバレンタインチョコをみてあることを閃いた。
「わかったわかったよォ! でもこれが初めてなんて嫌だから、ちょっと待ってて! すぐ戻るから!」
おれはそう言うと、部屋の入り口目掛けて走り、ヒロくんの部屋から飛び出した。もう何が何だかよく分からなくなってきているけど、おれはおれの理想を守るために、このままただ流されるわけにはいかない。
そう強く思って、キッチンへと駆け込んだ。
♡♡♡
「お待たせ、ヒロくん」
あとで思えば、そんなに急いで戻らずに、ゆっくり戻って冷静になればよかったと思う。だけど、その時は半パニック状態だったし、ヒロくんを待たせてるから急いで戻らなくちゃと思った。息を整えて、ヒロくんの目の前に長方形の細長い箱を突き出す。
「えっと、藍良これは……」
「はい、キスしていいよォ! ただし、ラップ越しにね! ラップ越しだから今回のキスはノーカン!」
そう、ラップだ。今回チョコを作る時にも何度もお世話になったラップ。透明で相手の顔は見えるけど、実際に接触はしない。それならば、ファーストキスにはカウントされないだろう。
「ウ、ウム……それで藍良が良いなら……?」
まるで、おれが変なことをしているとでも言うかのように、ヒロくんが困惑している。いつも変なことをしでかすヒロくんに言われる筋合いはないと、妙な自信がおれの自尊心にバリアを張った。
おれは、ラップを顔を覆うぐらいの大きさに切って、顔の前に手で持って、皺が寄らないくらいピンと広げた。多少光が反射しているものの、ほぼ透明なそれは、ノーカンのキスには持ってこいのものだった。
「はい、どうぞ!」
ヒロくんが「それじゃあ」と言って、おれの両肩をがっちりと掴んだ。ふたりで向かい合って、じっと見つめ合う。やけに時計の音が大きく聞こえてくる。しばらく見つめ合ったのちに、ヒロくんが目を閉じて浅く深呼吸すると、カッと目を見開いた。
「それじゃいくよ、藍良!」
「う、うん……」
ヒロくんの真剣な顔つきに気圧されて、さっきまで興奮状態にあった頭が急速に冷えて緊張していく。どんどん近づいてくるヒロくんの顔に比例して、鼓動が早くなっていく。
あ、もう、距離がなくなる。
そう思ってぎゅっと目を閉じた瞬間に、ひんやりとしたラップ越しに、ふに、と柔らかい感触が伝わってきた。
——うわァ、ラップ越しだけど、おれ、ヒロくんとキスしてる。
さっきまで時計の音しかなかったこの部屋に、秒針より遥かに早い心臓の音が刻む。時計の音なんて聞こえないくらい、耳元に心臓ができたかのようにうるさい。
いま目の前にヒロくんの顔があると思うと、目を開けられなかった。ラップのせいでうまく息もできないし、だんだん苦しいなと思っていると、ヒロくんが急におれの後頭部に右手をまわして引き寄せた。
「んぅっ!?」
もうおれとヒロくんの境界なんてなくなるんじゃないかと思うぐらいに抱き寄せられて、その時初めて、無意識に後ろへと体が仰け反っていたことに気付いた。それからもぎゅうと抱きしめられて、さすがに苦しくなったおれは、ラップから手を放してヒロくんの肩を押しやった。そこで、ようやく唇が離れていった。
「っは、はぁっ……いや長すぎっ!? 息止まるかと思ったよォ!?」
「っ、ごめん、藍良」
微動だにしていないヒロくんの横で、おれは荒くなった呼吸を何とか整えた。
「はい、もうこれで満足ゥ?」
「……藍良、やっぱり、」
何か物言いたげなヒロくんの言葉を遮って、おれは恥ずかしさを隠すように早口で続けた。
「ラップ越しだから本当のキスじゃないけど、本当にレモンの味なんてするのかなァ」
「? キスに味があるの?」
「通説でそう言われてるの。初恋と初めてのキスはレモンの味ってねェ」
未だに心臓がドキドキして、自分が自分じゃないみたいで、これが本当のキスだったら心臓が爆発するんじゃないかと思う。沈黙を作ったら変な空気になりそうだから、すぐ別の話題に変えたくて、今日のおれの目的を達成させるためにも、傍らにあるチョコに手を伸ばした。
「そういえば、はい! おれからのバレンタインチョコ!」
本当はこんな意味不明な流れで渡す予定じゃなかったけど、空気を変えるにはもってこいだ。両手を伸ばしてヒロくんにチョコを差し出すと、満面の笑みが返ってきた。
「嬉しいよ藍良! 今開けてもいいかな?」
「勿論だよォ」
ヒロくんが丁寧にラッピングを解いていく。ハート形の半透明の箱を開けて、中身を確認すると、ヒロくんは急にがばっと顔をあげた。まん丸になった大きい瞳でおれをじっと見つめている。おれは得意気な気持ちになって、ふふんと笑ってみせた。
「どォ? ハートのオランジェットだよォ。レモンが大好きなヒロくんにぴったりだと思ってさ」
「……さすが藍良だよ! あまりにも嬉しすぎてマヨイ先輩じゃないけど、宝物にしたいくらいだよ! ラッピングから中身まで全部藍良の愛を感じるね。生きてきてこんなに嬉しいことはないよ……!」
想像以上の反応に、おれも思わず頬が緩む。
「ほら、せっかくおれが作ったんだから、食べて食べて!」
「ウム! 勿体ないけど、藍良が僕のために作ってくれたものだからね! 有難くいただくよ」
そして、ヒロくんはオランジェットを一つ口に入れた。顎が動くごとに紅潮していく頬ときらきら輝くブルーの瞳をみて、感想を聞かずとも喜んでくれているのが目で見て取れる。頑張って作った甲斐があったと、おれは嬉しくなった。
「どうかなァ?」
「世界一美味しいよ藍良! 甘いレモンとほろ苦いチョコレートの組み合わせが最高だよ! ……僕の一番好きなお菓子はこれに決まりだ!」
ヒロくんは興奮気味にそう言うと、まるで犬みたいに勢いよくおれに抱きついてきた。おれは咄嗟にバランスがとれずに、ソファに二人してなだれ込んだ。ヒロくんがぎゅうっとおれを抱きしめてくると、だんだんヒロくんの体温が伝わってきて、胸がいっぱいになって、なんだかとっても幸せだ。
「ふふゥ、よかったよヒロくんのお口に合って」
ヒロくんのふわふわの髪の毛を撫でながら、おれはヒロくんを見下ろした。
「そういえば藍良」
「ん?」
「ファーストキスはレモンの味って言うのは本当かもしれないよ」
「え?」
聞き返した瞬間、唇にそっと何かが触れた。掠めるかのように触れたかと思うと、今度は塞がれるように合わさったそれは、ヒロくんの唇だった。
あったかくて、柔らかい、何も隔てるもののない、初めての感触。
ほんの数秒合わさった唇はゆっくりと離れていき、ヒロくんの顔を見上げると熱っぽい眼差しでおれのことを見つめていた。
「どうかな? レモンの味、した?」
「……わかんない」
おれがそう返事をするのを分かっていたかのように、ヒロくんは柔らかく笑った。おれの顔の横に手をついて、もう片手は頬に添えて、おれがゆっくり目を閉じると、唇が重なった。
バレンタインに、恋人と、初めてのキス。
最初はどうなるかと思ったけど、うん、ラブい。いや、ちょうラブいかも。
少し離れたかと思うと、また、ちゅ、ちゅ、と何度も唇を合わせてきて、まるで磁石になったみたいに、夢中で口づけを交わした。
初めてだから息をするタイミングが分からなくて、ちょっと苦しくなってきたかもと、口を薄く開いた。その瞬間——
「!?」
何かがぬるりと口のなかに入ってきた。
唇よりも、もっと熱をもったそれはヒロくんの舌だった。びっくりして、顔を逸らそうとしたけど、追いかけられてキスは更に深くなっていった。ちょっと待ってって言葉にもできず、初めてのキスとは思えないくらいの甘ったるさに頭がくらくらする。うまく息ができないことに加えて、仄かに香るレモンとチョコが鼻腔を支配して、思考がゆっくりと鈍っていく。
「んぅっ、あっ……」
絡めとるみたいに舌をなぞられると、自分の声とは思えないような甘い声が思わず漏れてしまった。今の声がヒロくんに聞かれたと思うとかぁっと顔に熱が集まる。ヒロくんが一瞬止まったかと思うと、更に深く口づけてきた。もうついに限界というところで、ヒロくんの肩を叩くと、ようやくゆっくりと熱が離れていった。
「はぁっ、はぁっ、本当にっ、初めてなのォ!?」
「うん、そうだよ」
息も絶え絶えなおれとは対照に、ヒロくんは呼吸一つ乱れていない。だけど、いつもより上気した頬と熱い眼差しを見て、おれの心臓の音はまだ鳴りやみそうにない。
「どこで覚えてきたのそんな……えっちなキス!」
「えっちって……藍良が初めてだよ」
「本能でやったってこと!?」
「いや、藍良がわかんないって言うから。こうしたら分かるかなって」
末恐ろしすぎる、天城一彩。
恥ずかしくて目を逸らすと、ヒロくんがおれの唇を親指でつう、となぞってきた。
「ところで、レモンの味はしたかな?」
「~~~っ! したけど! しましたけど! いきなりぶっ飛びすぎ!」
余裕そうにふふ、と笑うヒロくんの肩を押し上げて、当初の座っていた状態に戻る。
「ねえ藍良、もう少しだけ、キスしてもいいかな?」
「……心臓もたないから、あと一回だけね」
甘いレモンと、ほろ苦いビターチョコ。おれたちの初恋の味。