「エンディ」
呼びかけられ顔を上げた先には半分が立っていた。
大事そうに抱えられた手の中にはチェスセットがひとつ。中古の木彫りの簡素なモノではあったが、丁寧な仕事で作られたそれは古臭さよりもビンテージのような味わいがあった。
「こりゃまた本格的だな」
「グレンダに貰った。せっかくだし一局どうだ?」
「いいね」
机の上に並ぶ本と食器を腕でザッとどかしスペースを作る。
「先行は?」
駒を並べながらエンディが尋ねる。
「譲る」
「ハッ、有り難く頂戴するけど、負けた時の言い訳にはすんなよ」
コツ……コツ……と、周りの喧騒に駒の置かれる音が溶け込み、無言のままゲームは進む。
エンディは攻める為ならば駒を切り捨てることも厭わない攻撃的なプレイスタイル。
打って変わり、半分は定石を基盤にしつつも盤面を複雑にして相手のプレイミスを誘う、狡猾な、蛇のような動きをしていた。
中盤に差し掛かった頃から、互いに手が止まり長考する時間が増える。
お遊びとはいえ互いに勝ちを譲るつもりない勝負。一手のミスも許されない緊張感。エンディが手を止めた。狩りのように、行手を封じられていく半分のゲームメイクに完全に翻弄されているのが分かり、内心で苛立つ。
息を止めて、駒を観察する。隙のない盤上で見つけた一つの穴。あの駒を取ることが出来れば、盤面は一気にエンディの有利へと傾く。溢れそうになる笑みを抑えながら、駒を進めようとする
「……いい性格してんなぁ」
瞬間、エンディの手が止まる。出来すぎた隙。半分の駒を取れば、エンディの守りの要となっていたビショップが奪われ一気に敗北へと転がっていったことだろう。
「褒めてもなんも出ねぇぞぉ」
仕掛けた釣り餌に引っ掛からなかったにも関わらず、半分は口端を歪めて不敵に微笑んだ。