谷底の魔女の家「大体、私の口真似をするのが気に入らない! 『私』なんて言って!」
癇癪持ちの魔女がそう言う。いつも怒り出すと訳の分からない難癖をつけてくる。一人称が気に食わないなんて何年も一緒に暮らしていて今さら言い出すようなものではない。
それに口真似も何も、私が人間の言葉を覚えたのはこの魔女からなのだから似たような口調で喋るのも当たり前のことだ。
「じゃあ、『僕』?」
新しい一人称の提案をすると、さっきよりも眉間の皺が深くなり片方だけ外に出した左目もさらに吊り上がって嫌そうな顔になる。なにかいっとう気に入らないらしい。怒りよりも嫌悪を感じさせる顔だった。
「『俺』?」
「フン、それならいいわ」
その日からは私の一人称は俺になった。
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