無題 この数週間で様々なことが変化した。変わるのは一瞬だ。でも、本当は少しずつ変わっていたのだろう。ある時ふと、全てが同じ方向に傾いて収まる。そう言うものかもしれなかった。
菊池の顔が見たくなったから、愛之介は先に電話をかけていた。同じ屋敷の中で暮らしていても、相手が何をしているのかちっとも分からないくらい、部屋は離れていた。仕事でもないのに突然出かけて行っても迷惑だろうし、それにも増して、愛之介の気持ちは以前よりも殊勝なものに変わっていたのだ。好かれていたい、と思うのだ。菊池は愛之介のことを一生好きでいてくれる。きっとそうなのだろうけど、昔の気分が蘇って、「彼は明日も傍にいてくれるかな」と言う気分になるのだった。もう二十年近くも前の感情だ。自分の年齢と不釣り合いな気持ちに思えたが、それでも、確かにかつて自分が抱えていた感情なのだと認めてもいる。だから素直に電話をかけていたのだ。
1926