黎明 暗く静まり返った空気、まだ太陽は上がろうとしていない頃。足音を立てないように息を潜めて階段を降りる。1階の台所にたどり着くと大瀬は冷蔵庫を開け、タンブラーに麦茶を注いだ。ピッチャーを戻して冷蔵庫の扉をゆっくりと閉めたところで、かちゃ、と食器の鳴る音がした。音のした方を見やると背の高い人影があって思わず息を呑む。その立ち姿から恐らく天彦であろうと推測されるその人物はまだこちらに気づいていない。今なら確実に気が付かれないまま部屋に戻ることができるが、声をかけるべきか、どうするか迷っているうちに呼び掛けが降ってきた。
「大瀬さん……ですか?」
はい、と一言答えればいいものを狼狽しているうちに天彦はその振る舞いからそれが大瀬であると察したようで、ふふ、と嬉しそうに薄く笑って冷蔵庫から牛乳を取り出した。どこからか大瀬には嗅ぎ慣れない甘い香りが漂って来る。
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