桜咲く、花は薫り「それじゃあ、狛犬さん。先に失礼します」
後輩が荷物を片手にぺこりと頭を下げた。気が付けば他の同僚や上司も既に帰宅した様で、部屋の中は俺だけになっている。もうそんな時間か、と時計を見遣ると短い針は10の数字を指しており、窓の外はすっかり夜の帳が降りていた。
「ああ、お疲れ。気を付けて帰れよ」
再び掻き集めた情報資料に目を落とす。が、どうも入口に後輩がまだ立っているらしく、気配がする。
「なんだ。そんな所に突っ立ってないで早く帰れ」
「あ……いや、狛犬さんは帰らないんですか?」
「まだ整理したい資料があるからな。それに、家に帰ったとしても寝るだけだ。それならここで仮眠するのと大差ない」
「そう、ですか」
何か言いたそうにもごもごと口の中で言葉を噛み砕いているが、俺にとってはこれが普通で、別段無理をしている訳では無い。事実家に帰ったとしてもこことさして変わりはなく、それなら帰宅時間の無駄を省いてここでそのまま仮眠した方が、効率がいい。
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