とある座長のもしも話 セカイを守るための戦いに参加すると決めた帰り道。ショーユニットの若き座長でありセカイの創造主である少年、天馬司は物思いに耽っていた。頭に浮かぶのは先ほど聞かされたセカイの裏側の話。彼の、彼らのワンダーランドのセカイを襲う怪物たちは他の、本当の想いが消え去って壊れてしまったセカイから襲ってきているのだと聞いた。もしも、自分が本当の想いをあのまま忘れ去ったままだったとしたら。あの賑やかなワンダーランドは壊れて怪物の庭になってしまっていたということだろう。
ふと、司は今までのことを振り返る。自分達が何かひとつでもピースをとりこぼしていたとしたら、自分達とこのセカイは存続されなかった可能性があったのかもしれない。もしも、司がオーディションを受けに行ったあの日に、えむが司のことを見つけていなかったら。えむと初めて出会ったあの日、類がパフォーマンスをしていなかったら。ある意味全ての始まりであった初公演の日にネネロボが充電切れを起こさなかったら。司があの日にセカイに行かなかったら、行ったとしてもあのうさぎを笑顔にできなかったら。あの時に咲希のぬいぐるみだと気が付かなかったら。崩れる可能性のあるもしもは意外とすぐに司の頭に思い浮かんだ。
「…案外、オレ達がこうやっていられるのも奇跡なのかもしれないな…」
司はそう呟き、家への帰り道を歩いて行った。
〜ワンダーランドのセカイ〜
「ねぇ、レン。みんなに本当のことを言わなくてよかったのかなぁ?」
司達が現実世界に帰ったあと、バーチャルシンガー達が話していた。リンに問いかけられたレンは答える。
「言わなくてよかったんじゃないかなぁ。こんなことを知ってしまったら、みんなびっくりしちゃうよ」
「うん、僕は言わなくて正解だったと考えているよ。レンの言う通り、こんなことを知ってしまったらみんなが…特に司くんが気に病んじゃう」
バーチャルシンガー達だけが知っている本当の「ワンダーランドのセカイが穢れの怪物達に襲われやすい理由」。それは
「歌が生まれるまでにセカイが何度も危ない状態になっていたから」
であった。司が本当の想いを思い出さなかったら。司がみんなを繋げることに失敗していたら。他のセカイよりも、このセカイはもしもの危うい状態が多すぎたのだった。歌が生まれたこのセカイにすぐにバーチャルシンガーが揃ったのも、セカイの防衛作用だったのかもしれない。
「今は、何も言わなくてもいいんじゃないかしらぁ。みんなが暗い顔をしてしまったら、私も悲しいわぁ」
「えぇ。いつかみんなが本当のことを知ってしまうまでは、この理由で貫いていきましょう。知ってしまったらその時はその時よ」
「だいじょーぶだよ!ミク達はショーユニット!司くんたちが自分で気がつくまで、ミク達は秘密を隠しきろう!演じよう!」
ヒトのいないショーテントの中。バーチャルシンガー達は静かに決意を交わしたのであった。