「そうだ、ホムラこれあげる」
「ん、スーツ？」
「取り敢えずなにも考えず着替えようか」
黒のモーニングに灰のベスト、浅葱のクロスタイ、白手袋、上品な白銀の懐中時計に片眼鏡。長い髪はタイと揃いのリボンでひとつ括り。
「うん、やっぱりホムラくらい大きい方が見映えするね」
「…執事プレイがお望みですか？ご主人様」
にっこり、と音が聴こえそうな満面の笑みでするりと頬を撫でられる。反対の手をとり指先に口付けてたまにはこんな趣向も悪くない、と眼を細めた。

暗殺者の矜持自分の内面は打算にまみれている。
そのアイテムの存在を知った時には渡す相手など一人しか浮かばなかった。
案の定、誘いをかければいつもの如くノッてくれる友人。

いざ指輪を押し付けた時はどんな反応をされるか、予想などし尽くした筈がそれなりに心臓に悪かった。

全く警戒せず、あっさりと受け取っては当然の如く右の薬指を占拠する。
契約の指。支配の指。
同じプレイヤーならそう警戒するまでもない。現実の姿が想像できる相手と問題を起こすことなど思いもよらないだろう。
この世界の『住人』たちにやたらと好かれるホムラは、放っておけば手厚く囲い込まれかねない。
本人は全く気付いていない上


自分だけは、近くに居ようとも決して現実と交わらないゲーム仲間。

「ん？どうしたの？今日はお疲れモード？」
「うん。甘やかして」
「仕方ないなぁ」
腕を広げれば、クスクスと甘やかに笑いを溢しながら膝に乗ってくる。
腰を引き寄せ、肩口に顔を埋める。ぺテロの匂い。棘立っていた心が凪いでいくのを感じる。
「お疲れ様、ホムラ」

はじめまして、を繰り返す次は弓職をやってみるだとか。RP極めるんだとか。獣人族が好みだとか。
まだ不確かな噂を持ち寄ってあーだこーだワイワイガヤガヤ。
この世界で。次の世界で。きっといつまでも。
私たちは、はじめまして、を繰り返す。

お好きな方をどうぞペ：なにこれwwww
ホ：なんか増えました
レ：自分が２人って奇妙な感覚ですね
ペ：言動はいつもどおりなんだ？装備が違うだけ？
ホ：特に変わった気はしないかな
レ：２キャラ同時操作してるような感じ…？
ペ：まぁ実害ないならよろしいwwwまって、これ両方から同時に喚ばれたら私どうなるんだろ？

叶わない約束なんて、しないでよ『またあした』『こんど一緒に集めにいこうか』『手伝うよ』『ちょっと付き合ってくれる？』
一緒に遊ぶと、楽しい。頼られると、嬉しい。頼めば、助けてくれる。
楽しい事だけを選んで歩いた道が、気がつけば重なることも増えた。
叶わない約束なんて、しないでよ。私たちを繋ぐのはそれじゃない。

どこにもいかないで少し見上げると合う視線、体温が仄かに伝わる距離。
最初は已む無く。続けるのは冗談混じりに。少しずつ慣らした距離感が、今では自然なのが嬉しい。
沢山の世界を持つ貴方の心の片隅に、特別な場所を造り上げてみせるから。
どこにもいかないで。はやく私に堕ちてきて。

指先から、独特の鮮烈な熱さが掛け上がってくる。毒が廻るのを知覚する。
散々重ねた実験で、耐え切れることは計算済み。
それでも常なら反動の速さと重さに怯んでいたかもしれない。
でも今は。何より速くアレを排除しなければならない。この目の前が紅くなるほどの。

ロングコートとショートコートホ:はい、これあげる
ぺ:なに？ロングコート？
ホ:街着衝動買いしたんだけど微妙に丈が合わなくってぺテロならちょうどいいかなって
ぺ:それなら有り難くw代わりにこれをあげよう。街着のショートコート、オーバーサイズでゆったり着るやつね
ホ:短い…おしりがすかすかする…
ぺ:そういうものです

すぐ本心を隠そうとするひねくれ者とひたすら自分の感情に鈍い天然爆弾。
端から見たらどう考えても噛み合ってるのに、ねぇ、いつまでその状態で居るつもり？
最初はそりゃ遅めの春が来たかとニヨニヨ見守ってたけど、流石にいい加減長くないか貴様ら。
いいから、さっさと、腹を括れ！！

あぁ油断しきってるな、と思わず顔が綻んだ。
丁度寝台で身を起こしたホムラと目があった途端、長い手足に巻き取られてそのままベッドに引きずり込まれた。スッキリ目覚めることの多い『異世界』では珍しく寝惚けているらしい。
ガッチリ私を捕獲したまま、グリグリと押し付けてくる額に指を伸ばした。

誰のものにもならないで常々人たらしだとは思っていた。だいたいどこにいても輪の中心に居る人だ。主張が強い訳でもないのにそうなるのはそのマイペースが心地良いからか。
でも『異世界』は格別。まさかここにきてNPCのライバルが大量に増えるなんて大誤算だった。
もう少しだけ。お願いだから。誰のものにもならないで。

恋というには遅すぎる先の見えない闇から救い上げ、柔らな笑顔で居所を用意してくれたその方は常に賑やかな声を周囲に纏う。
なにより自由を愛する方だから、傍に侍りたいなどという浅ましい欲を述べることなどできはしない。
恋というには遅すぎる。愛というには重すぎる。これを顕せる言葉を私は寡聞にして知らないのだ。

ずるい人水を向ければにっこりはぐらかし、距離を詰めれば途端に逃げ出す。そのくせ程よく誘いをかけてくれる。ピッタリ気が合うのはいつものことで、遊べば楽しい。はっきりさせようかと思ったこともあるけど、どうやっても言質をとらせないつもりだ。薄々知ってはいた、知ってはいたけどなんてずるい男だ！！

麦茶の氷が溶ける頃カラン、と涼やかな音を立てて崩れ落ちた
いつの間にか詰めていた息を意識して、深く、吐く
ふと、つぅっと汗が一筋伝うのが目に入った
あの日の優しい約束は、果たされないかもしれない
それでも握った手を放すことなど、2人ともできはしなかった

指輪よりも愛がいい何時も通りに振る舞えていたかは微妙なところ。
システム的なお遊び、便利アイテム、と印象を植え付けて。私相手にあまり疑いを持たないことは喜んでいいのやら。
全力で急いだとは噯にも出さない。
指輪よりも愛がいい、とはまだ言えないけれど。
ひとまずは占有できた指にひっそりとほくそ笑む。

いつだって、隣を歩くのは君だった。
身長は高いのが好きらしい。少し見上げることが多い。
声は心地好いバリトン。リアルの声に寄せてるらしいと知ったのは、初めて通話をしたとき。
好きなのは火力職。最適解より楽しむのが優先なのになぜかテンプレを超えてくる。ハムハム大好き脳筋。

どこにもいかないで始まりは些細な巡り合わせだった。
妙な居心地よさに偶然を重ねるうち、それは縁に変わった。
細い繋がりを手繰って、どちらからともなく引き寄せたのは自然なことだった。
今では１番近くに居ると、思っている。
どこにもいかないで。いつまでもこのままで。
この幻想の中でだけ。

はじめまして、愛しい人新しいゲームで新しいキャラ、いつもの仲間と新しい冒険
いつだってこの瞬間が一番沸き立つから
はじめまして、愛しい人
この世界も果てまで一緒に遊び尽くそうか