執事の休息「巽」
「どうかされましたか?」
雨が降りしきる六月の半ば。巽はいつものように慧の従者として雑務をこなしていた。書類を一通り片付け、少し休憩をと思っていたところ。巽は慧に呼び止められる。
「ああ……明日はお前の誕生日だろう。演奏会も一通り終わったし、ゆっくりしたらどうだ」
誕生日――そういえば、そうだったと巽は他人事のように思う。慧の側近として仕え、淡々と補佐に徹する。その日々が当たり前になってからは、自分の事など二の次だった。
正直、自分の時間ができるという誘いはありがたいものだったが、休息を取る間は目の前の男に負担をかけてしまう、ということだ。そんな選択肢はない。
「……いえ、構いません。グランツの練習は予定通り参加します」
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