若き聖堂騎士の試練 ①息をするのも忘れそうな威圧感。全身がぞわりと粟立つ。
この感覚は──そうだ、カルディナ機関長と初めて剣を交えたときのものと似ている。
目の前に対峙する人間が何倍にも大きく見えるような、そんな錯覚すら覚えるほどのプレッシャー。
僕は目の前の人からかろうじて目をそらさないまま、少しだけ息を吐き、剣を鞘から引き抜いた。
相手は杖を構えて、鋭い視線で僕を睨みつけてくる。それはまるで、テメノスさんが異端を暴くときの表情とよく似ていた。悪事を絶対に見逃さない視線。似ていると感じるのは、やはり二人が家族だから、だろうか。
「クリック・ウェルズリー君」
よく通る声で、目の前のロイさんが口を開いた。
「見極めさせてもらうよ。君が、テメノスに相応しい人間か」
そう、この場はそのための場なのだ。
かねてより僕がお付き合いしているテメノスさん。その唯一の家族であるロイさんに、僕を認めてもらうための場。
負けるわけにはいかない。剣を正眼に構える。
「──はい」
僕とロイさんは、ほぼ同時に大地を蹴った。
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5年以上行方不明になっていたロイさんが、テメノスさんの尽力により奇跡的に生還した。
その一報を僕が受け取ったのはストームヘイルの聖堂機関本部でのことだった。
ロイさんはトト・ハハ島で見つかり、ひどい衰弱状態にあるため、トロップホップでしばらく療養したのち、フレイムチャーチに帰郷する予定だ。テメノスさんは唯一の家族であるロイさんに付き添い、薬師のキャスティさんも容体が安定するまで一緒にいてくれるそうだ。
僕は恩人であるロイさんに、すぐにでも会いに行きたかった。けれど、ロイさんが精神的に非常に不安定らしく、今はテメノスさん以外の人間になるべく会わせないほうがよい、というキャスティさんの判断があった。どうやらここ5年ほどの記憶が欠落しているらしい。恩人に何もできない自分に歯がゆさを覚えながら、僕はロイさんの回復を待った。
しばらくして、テメノスさんから、ロイさんと一緒にフレイムチャーチに戻るとの手紙が届いた。僕はその手紙を受け取ってすぐ休暇の申請を出した。
そうして、二人がフレイムチャーチに戻った数日後、僕はひさしぶりにフレイムチャーチを訪れた。
街で出迎えてくれたテメノスさんは、少し難しい顔をしていた。いつもは穏やかな表情でいることが多いのに、今日はオルトのように眉を寄せている。ロイさんの状態があまりよくないのですかと訊ねると、テメノスさんは首を横に振った。
「…元気すぎるくらいです」
「それはよかったじゃないですか。僕も早くお会いしたいです」
事前にテメノスさんが僕のことをロイさんに伝えたところ、ロイさんは僕のことを覚えていてくれたらしい。あの少年が聖堂騎士に!と、とても喜んでくれたそうだ。
ただ問題はその後にあった。テメノスさんが僕とお付き合いしていることを伝えると、ロイさんが固まってしまったらしい。
「彼は、昔から私のこととなるとどうにも過保護で」
困ったものです、と嘆きながらテメノスさんは巡礼路を登っていく。今、ロイさんは大聖堂内の宛がわれた私室で過ごしているらしい。
ロイさんとテメノスさんは、共にイェルク教皇のもとで育った、今や唯一の家族と言える存在だ。ロイさんにとって、自分の知らないうちに、大事な家族に8歳も年下の恋人ができていたとなると、それは確かに心中穏やかではないのかもしれない。
「すみません。もっと早く、ご挨拶に伺うべきでしたでしょうか」
「いえ。遅い早いの問題ではなく、伝えたらこうなるだろうというのは十分予測できましたから」
テメノスさんは、歩きながら視線を隣の僕に向けて、どういう訳か頭のてっぺんから足元までを一瞥した。ロイさんにお会いするのに、どこか礼を失するような部分はあっただろうか。いつもの聖堂騎士の鎧とマントなのだが。
「今どこも怪我してないですね?」
「えっ? 特には」
「体調は万全ですか?」
「そうですね、問題ありません」
「よろしい」
テメノスさんがふいに断罪の杖を僕に向けて、魔法を唱えだした。聖火神の祠で、テメノスさんにだけ授けられたという特別な回復魔法だ。体から活力が湧き上がってくるのを感じる。
「…まあこれくらいなら、ズルのうちに入らないでしょう。では行きますか」
再び大聖堂に向かって歩き出したテメノスさんに、僕は一拍遅れて歩き出す。
「え、ちょっと待ってください。今のはなんですか?」
テメノスさんは、質問に直接回答してはくれなかった。
「私から言えることはただ一つです。
クリック君、本気でぶつかってください」