タイトル考えてなかった おれの腕の血を勝手に吸っていた蚊をぱちんと叩き、殺した。手に、誰のものとも知らない赤黒い血がべたりとついた。こんくらいで手を洗うのも面倒で、シャツで適当にぬぐう。折りたたんだざぶとんを枕にして上向きに寝転がったまま本を開きなおし、おれは読書を再開した。幻太郎の書いた小説の載っている、文芸誌だった。
幻太郎の書いたもんはよくわかんねえことが多くて、本人に思ったことをそのまま伝えると、あいついっつも目ぇ丸くして驚くんだよ。毎回おんなじ顔すんだぜ。ちょいと前に乱数に観せてもらった画像の、宇宙にいるネコみてえな。そういう顔。
がたん、と音を立てて、立て付けの悪いふすまが開く。頭だけ傾けてそっちを見るとこの家の家主、夢野幻太郎が立っている。目の下に、すこしだけ隈ができている気がする。
「んぁ。終わった?」
幻太郎は無言でずけずけと歩いてきて、おれの横に座って言った。
「帝統。頭浮かせてください」
「あ?」
言われるがままに頭を浮かせるとするりと座布団を引き抜かれ、代わりに頭の裏に、正座に折りたたまれた幻太郎の膝が滑りこんだ。膝枕だった。
「……ンだよ、急に」
広げたままの本を胸の上に置いて、頭上の幻太郎の顔を見上げた。天井照明で逆光になって表情はよく見えない。やわらかい髪の毛が、クーラーでふわふわと揺れる。
幻太郎は口許に指先を当てて斜め上を見上げてから、ゆったりと視線をこちらに戻した。
「ぶんちんが、見当たらないんです」
「はあ? 仕事机か、どっかそのへんに置いてんだろ。いつも」
「いないんですよ。それが」
「つぅか、どのぶんちんだよ。お前いくつも持ってね? 習字ンとき使うやつとか、ガラスみてえな丸っこいやつとかよ」
「だから、違うんですよ。いないんです」
「じゃあ、一緒に探してやっからよ。どこ置いたんだよ。最後」