あったかい宝物 ゆうべは寒い夜だった。
温暖なここパプニカの地だけれども、年にひと月弱、寒くなる時期がある。
とりわけ昨夜は今年一番の冷え込みだった。独り寝のさみしさも相まって、あたしはなかなか寝付くことができない。もう一枚毛布をかけておけばよかったと後悔しつつも、だからと言ってそのためだけにベッドから抜け出す気にもなれない。せめてもと今ある温もりを精いっぱい手繰り寄せるように縮こまって寝ていた。
それでも気がついたら外は白々と明るみ始めていて、いつの間にか熟睡をしていたようだった。心地よく暖かい空間の中であたしはまどろみながらぼうっと考え、そうして気がつく。
ダイ君だ。ダイ君がいる。その愛おしい温もりがあたしをすっぽりと包んでいた。
彼の逞しい腕が背中から抱きしめるように巻きついていて、あたしはそっとその手に触れる。
温かい──。
あたしは幼い頃から自分に近寄る気配に敏感になるよう訓練を受けてきた。もちろんそれは身の危険から守るための術であり、たとえ眠っているときでも同じことだった。
枕元にはいつもパプニカのナイフを置いている。大切なナイフを肌身離さず持つためであり、純粋に護身用としての意味合いも兼ねていた。
それなのにいつの頃からだったかダイ君に対してはそんなセンサーが働かなくなっていた。ふと目を覚ますと彼がベッドの中にもぐりこみ一緒に寝ているなんて日常茶飯事のことだった。
ダイ君を起こさないようにと気を付けながら、あたしはそろりと寝返りをうって彼と向かい合えるように体勢を変えた。
ふふふ。よく寝ているわ。
すっかり逞しくなって精悍な顔つきとなったダイ君だけれど、ぐっすりと眠りこけたその寝顔は、出会った頃の少年のようなあどけなさを感じる。
きっとこんな彼を誰も知らない。世界最強の存在である竜の騎士がこんなにも可愛い寝顔で眠りこけているだなんて。
眉も下がって口もすこし開いて緩み切っている表情。それがとても可愛く感じられて、思わずニンマリと微笑んでしまう。
ダイ君があたしの隣でぐっすりと無防備に眠ってくれている。そんな嬉しさとともに得もいえぬ優越感のようなものを感じる。きみを好きって気持ちが溢れてきて、あたしの胸はどうしようもなく甘く疼いていた。
体温が高めのダイ君はとても温かくて、その腕に包まれていると本当に気持ちいい。それとともに心と体にはじんわりと幸せな気持ちも満ちていく。
ダイ君を愛おしいという気持ちが高まるのにまかせて、あたしはそっと彼に口づけた。髪に、額に、まぶたに。頬に、鼻先に、そして唇に。
辿りついた唇の柔らかさが気持ち良くて、何回も繰り返す。少し強めに押しつける。やがてそれに応えてくる気配を感じて、あたしは目を開けた。至近距離には寝ぼけ眼を細めて優しく微笑むダイ君の笑顔がある。
「……おはよ……」
「おはよ」
額を寄せ合って笑みを交わし合う。愛おしさがこの胸から溢れ出てくる、なんて至福なこの瞬間。朝の白く澄んだ光の明るさが強まったような気がした。
「いつの間に帰ってきていたの? そのときに起こしてくれて良かったのよ」
安眠を貪っておいてこう言うのもなんだけど、昨夜は冷え込みもあってダイ君が傍らにいないことが身に沁みて堪えていた。あたしはいつだって一刻も早くきみに逢いたい気持ちでいっぱいなのに。
「ぎゅっとしたらレオナが気持ちよさそうに微笑んでさ。それがすごく可愛くて、そのまま寝顔を見ていたら、おれもいつの間にか寝ちゃったんだよ」
「えー……。なんかそれ恥ずかしいわよ……」
ダイ君にしげしげと寝顔を見られていた。その事実を知らされ、あたしはよだれとか垂らしてなかったかしらなどと今更のように気になってしまう。
「そんなことないよ。きみを見ていると、おれはレオナのことが本当に好きだなあってしみじみと思えて、幸せな気持ちになれるんだ」
彼のまっすぐな言葉にあたしの頬が熱くなっていくのを感じる。
いつだってダイ君の表現はストレートで、それだけにあたしの心にダイレクトに響いてきて胸がぎゅっと締めつけられてしまう。
「レオナも今おれの寝顔を眺めてたじゃないか」
「それは……」
そうか、これはどちらにとっても同じことなのよね。
目の前で愛おしい人が心を許して安らいでくれている。そんな姿を見て、ひとり静かに好きという気持ちを抱きしめていられるこの時間が特別なのは。
あたしはダイ君にもっと触れたくなって、彼の胸に頬を摺り寄せる。するとダイ君も腕をあたしの背中に回し優しく抱きしめてくれた。
「あのね、こうしてダイ君とくっついて眠っていられるの、すごく幸せなの」
「それはおれもさ。地上に帰ってきてきみを抱きしめて。そうするとすごくあったかい気持ちになれるんだ。ここに帰ってこれたんだって──またきみに逢えたんだなあって実感できて」
ダイ君は噛みしめるように穏やかな口調で言葉を繋いでいく。
長い旅から帰還を果たし、あたしのそばで過ごすようになってからも、ダイ君は魔界だったり、はたまた遠い何処かだったりへと出かけていく。
深くは語らないけれど、彼の使命を果たすための日々は今も続いているのだ。
それでもきみは戦い、生き抜いて、必ずここに帰ってきてくれる。それが、どれだけあたしの心に光を注いでくれていることか。
「あたしもダイ君に逢えて嬉しい」
「さみしかった?」
「もちろんよ。でも帰ってきてくれるって信じてるから、また逢える日を楽しみに毎日を過ごせるわ」
「おれも同じだよ。レオナが待っているって思うと力が湧いてくるんだ」
あたしを抱きしめるその腕にぎゅっと力がこもった。
「おれの心は、いつだってきみと一緒にいるよ」
ダイ君はどんなときも気持ちをまっすぐに届けてくれる。だからあたしは、彼の身を案じることはあっても、その心を不安に思うことなんて全くない。
危険と隣り合わせのきみの旅路。確実なことなんてないのはわかっている。
それでも互いの気持ちは揺るぎないものだって信じているから、こうして一心に思い合える。
大好きなダイ君があたしの隣で眠り、その温もりに包んでもらえる。
それはなんて幸せなことなんだろう。
きみと寄り添えることが、なによりもありがたい。当たり前のように抱きしめ合えるけど、それは当たり前なことではない。
だからこそ、大切でかけがえのないこの日々が愛おしい。
先も見えずに離れ離れだった日々を思えば、きみを待っている時間もあたしは喜びに変えることができる。
「ダイ君、帰ってきてくれてありがとう」
「いつもおれを待っていてくれてありがとう、レオナ」
視線を合わせ、微笑み合って、唇を合わせる。
こんなときに言葉はいらない。胸に溢れる愛おしさを伝える手段をあたしたちは知っている。
口づけは次第に深くなっていった。
鳥のさえずりが響きだす明け方。紺青の空にだんだんと白んだ光が広がっていく刻限。まだ外は冷たい空気に満ちている。
だけどこの空間は格別に暖かい。
きみの温もりに包まれて、きみへの愛おしさで胸が熱くなって。寒さはもう気にならなくなっていた。
あったかくて最高に幸せな宝物がここにある。