とうらぶ「月」三日月+審神者細く鋭い三日月が、やけに輝きを放つ夜。
疲れが溜まった重い身体を引きずってついた家路の最中、視界の端に、淡い光が灯る様に瞬いた。
顔を上げるとすぐに気づく、それはそこに佇んでいた。
まるで、ずっとずっと昔から、あたかもそこに、在ったかのように。
「おや?」
ゆらり、空を見上げていた影が、動く。
「俺が『視える』か」
それはさも嬉しそうに目を細めた。
疑問ではない、明らかな肯定を口にしたのは、きっと、かち合った視線が逸らされないから。
月明かりに照らされて、淡く光を纏うそれは、とても綺麗だった。
進行方向視線の先、普通なら誰もいない路地で得体の知れないそれに対峙すれば、感じるのは恐怖だろう。
けれど不思議と、感情の起伏は穏やかだった。
自分とは違う、平安時代あたりだろうか、青い和装に身を包み、微笑む姿はどこまでも優美で、けれどどこか冷たく、浮世離れして。
だから、単純に浮かんだのだ。
あぁついに、自分にもお迎えでもきたのだろうか、と。
「今の死神は和装なのか」
「しにがみ?俺がか?」
「違う、んですか?」
「そうさな」
ふと、溢れた言葉に疑問が返される。
思わず聞き返せば、緩やかな微笑みがくすくすと、楽しげに声を漏らした。
「……まぁ、似たようなものだな」
そして再度、その視線が投げられる。
「俺が『視える』なら十分だ」
「何が」
「俺の『声』も聞こえている」
「?何を言って」
一人、確認するように頷いて、けれど言葉は噛みわず、距離だけが、いつの間にか縮まって。
「なに、直ぐにわかる」
見上げたその瞳に、宿る三日月に気づいた刹那。
ざぁっと大きく風が鳴る。
「待っておるぞ、------」
思わず目を瞑った直後、やけにはっきりと聞こえた声は耳元で。
風で乱れ、視界を遮る髪を手で抑えて、急いで目を開けるも、目の前に広がる見慣れた家路に、その姿は跡形もなく、消え失せていた。
ーーーーーー
「っていうことがあったんですよね」
「ほう」
「それから直ぐに審神者の招集がきて」
「そうかそうか」
「三日月、何かしたんですか」
「俺がか?」
「他にいますか」
本丸の縁側にて。
のんびりと緑茶を片手に他愛もない話をしている途中、ふと思い出した記憶を傍にいる相手にぶつけてみた。
あの日、審神者になる直前の現世で、出逢ったと思われる、「三日月宗近」に。
「まぁでもそんなわけないんでしょうけど」
とは言っても、今ここにいるのは「うちの三日月宗近」だ。
あの日出逢った「三日月宗近」と全く同じ、ではないだろうと、自分の問いを打ち消す様に独りごちてお茶を飲む。
審神者に就任した際受けた研修で、刀剣男士の同一個体は幾千幾万と存在し、それらは各審神者達により顕現されると教えられた。
絵姿と共に伝えられたシステムは、驚きと共に自分に落胆をもたらしていた。
つまり、審神者になる前に出逢ったとして、それは別の審神者が所持する「三日月宗近」である可能性が高いということ。
イコールあの日の「三日月宗近」に出会う事はきっと二度とないだろう、ということだ。
……そもそも。
あの日本当に、「三日月宗近」に出逢ったのかも、夢だったのではないかと言われれば否定が出来ない。
それくらい曖昧で、けれど忘れることができない、刹那の邂逅。
「主」
「はい?」
「あるじーっ!主、どこー!?」
不意に呼ばれて、飛ばしていた思考を戻し我に帰ると、後方から別の声が飛んできた。
慌てて時計を確認すれば、今朝方遠征に出した部隊が帰還する時刻が迫っている。
というかもうそんな時間なのか。
「三日月、ごめんなさい。そろそろ仕事に」
「主よ、今は楽しいか?」
だから三日月とのお茶の時間を切り上げなければと、顔を向けた瞬間、逆に三日月に問いかけられていた。
ふわり、微笑む三日月が、あの日の「三日月宗近」に重なった気がした。
「楽しい、ですよ?それがどう、」
「そうか」
「主ーっ!?あぁ!こんなところにいた!」
「え?あ?!清光!?!」
「三日月ってば何主のこと独占してんのさ!」
「はっはっはっ」
「ごめんなさいって!今行くから」
「もう!ほら、早く早く」
自分を探していたであろう、早足にやってきた清光に手を引かれ、慌てて立ち上がりながらも、一つ三日月に頭を下げる。
首を振りながら笑う三日月に再度断りを入れて、急かす清光と共に、遠征部隊を出迎えるべく、その場から走り出す。
うちの近侍殿は頼りになるなとお説教に苦笑して。
だから、三日月が零したその言葉に気づけなかったんだ。
「何をするでもない。俺があの日の縁(エニシ)を手放せなかった、ただそれだけだ」