世界と一虎の小話 お弁当編『ミートボールがいちばんすきです!!』
『ぼくはグラタン!たべたらカップにうらないがついてるんだよ』
『わたしはママがつくってくれたエビフライ!!』
午前八時。テレビでは“子供に人気のお弁当のおかず特集”とやらが流れていた。平日ではあるがお店は定休日。牛乳で作ったコーンスープを飲みながら千冬はぼんやりとテレビの画面を眺めていた。
「エビフライかぁ、いいな。俺も好きだったなぁ」
「あっち、ちょ、千冬このコーンスープ激アツなんだけど!!」
「あーでも玉子焼きも捨てがたいっすね。うちは甘いやつだったんすけど一虎君家は?」
「え、なにが?コーンスープ?牛乳で作ったの初めて。すっげーうまいな。くっそ熱いけど」
「でしょ!!コーンスープとココアは絶対牛乳っすよ!!面倒でもあつあつの牛乳で作った方がおいしいんすよ!!」
ふんす、とドヤ顔で千冬は隣に座る一虎を見た。テレビでは『必見!!簡単キャラ弁時短術!!』というコーナーが始まる。
「違う!!コーンスープじゃねぇよ!!弁当の話っすよ!!た・ま・ご・や・き!!」
「え、なに?たまごやきも牛乳で作んの?」
「ちょっといったん牛乳忘れてください。玉子焼きです。お弁当に入ってる玉子焼き、一虎君は甘いやつ派ですか?それとも醤油?あとは出汁?えっとベーコンマヨって変わり種もありますね」
「玉子焼きにそんないっぱい派閥あんの?」
「多分調べればもっとたくさん?」
「へぇー、千冬ん家は甘いのだったん?」
「はい!母ちゃんが作ってくれてたのは、卵と砂糖と塩だけのシンプルな甘いやつっす!綺麗な黄色でうまかったなぁ」
「へぇー」
懐かしさに浸る千冬の耳に届いたのは、興味なさげで、でもどこか居心地の悪そうな一虎の声だった。千冬は「一虎君?」と首を傾げながら名を呼んだ。
「俺、母親に弁当作ってもらったことねぇからどの派閥に属してんのか分かんねぇ」
ズズっとコーンスープを啜った一虎が「あっち」と舌を出して顔を顰めた。テレビではウインナーの切り方を紹介するコーナーへと移り変わっていた。
「んじゃ、行ってくる。そんまま場地とメシ食って帰るけど、千冬は本当に来ねぇの?」
「はい!今日の俺には使命があるんで!!」
「お前がそんな闘志燃やしてるときってマジでロクなことがねぇ気がすんだけど」
「失礼っすね!!じゃあ、当番よろしくお願いします」
いってらっしゃい。と、玄関先で一虎を見送った千冬。
当番、とは店の動物たちのエサやりや清掃などを意味する。いくら定休日と言えども生き物を扱っているので、こうして当番制で店の様子を見に行くようにしているのだ。まぁ当番制と言えど千冬と一虎は同居しているため、どちらかの当番であっても結局は一緒に店に行くことがほとんどなのだが。
今日の当番は一虎と場地だった。ひとりで十分な作業量ではあるが、まさかの事態にいつでも対応できるように出来る限りひとり作業を外しているのだ。
当初はいつものように千冬も一虎に付き添って、そのあとは三人で外食にでも行くところだった。だが、今日の千冬にはどうしてもやらなければいけないことがある。
「待ってろ一虎君!!俺がすっげぇ弁当を作ってやるからな!!」
そして、一虎君を甘い玉子焼き派に加えてみせるのだ!!
甘い玉子焼き。そう聞いた時、あなたはどんな材料を想像するだろう。卵に砂糖。それに醤油。そう醤油。レシピを検索してみてほしい。きっとどのサイトにも醤油を加える玉子焼きが紹介されているだろう。
だが、松野家は違った。甘い玉子焼きとは卵に砂糖と塩を少々。ちょっぴりスイーツのような玉子焼き。父ちゃんが小さいころから食べてたその味を、母ちゃんが引き継いだんだって。
「父ちゃん、母ちゃん!この味を俺がぜってぇ守ってみせるから!!そして広めてみせる!!そのために何が何でも一虎君をこの派閥に迎え入れるんだ!!」
やるぞ!!エイエイオー!!
千冬は闘志を漲らせながら買い物に出かけたのだった。
頭の中で思い浮かべる。エビフライ、タコさんウインナー、鶏の唐揚げにうずらの卵のハム巻。彩は黄色やピンクのバランとカップで。忘れてはいけないのは弁当箱。黒ねこのキャラクターが描かれた二段の弁当箱を見つけたときは運命だと思った。これしかない!!テンションが上がって箸入れに、水筒、保冷ポーチにランチクロスまで全部揃えてしまった。
形から入る男、それが松野千冬であった。
折角なら驚かせたい。千冬は一虎の帰宅をタイムリミットに、弁当の下準備に取り掛かった。
「ただいまぁー、って千冬?寝てんの?まだ五時だぜ?」
「一虎君、俺、明日は多分二時か三時起きなんですよね。じゃないと絶対間に合わないと察しました」
「え、明日なんかあったっけ?俺絶対起きれねぇんだけど」
「一虎君はいつも通り寝てて大丈夫っす。これは俺の問題です」
「なぁ、お前は一体何と戦ってんだよ」
「負けられない闘いがあるんすよ!!」
弁当作り。刻一刻と迫りくるタイムリミットに臆することなくこなさなければならない。そう絶対に負けられない闘いなのだ。
「ってことで一虎君、おやすみなさい」
「分かった。おやすみ。場地がお前にって買ったお土産のプリンは俺がもらうな。賞味期限今日だし」
「おはようございます、一虎君。プリンは冷蔵庫で冷やしとくんで先にお風呂どうぞ」
「変わり身の早さよ」
「あ!折角なんで昨日録画しといた映画一緒に観ましょう。観ながら食べましょう!!」
「お前の負けられない闘いはどこ行ったんだよ」
「場地さんからの贈り物以上に譲れないものなんてないっす!!」
「でた場地全肯定マン。つかその映画めちゃくちゃ恋愛系だろー」
「はい!身分の差、立ちはだかる壁、障害を乗り越えながら結ばれる二人!まさに純愛っす!!あったかいココア作って待ってるんで、早くお風呂行ってきてください!!」
場地からのプリン。千冬の頭はそれで埋め尽くされていた。明日の格闘のことなどはるか遠いかなたへ。案の定、翌朝目が覚めたのは午前五時。あ、まだ寝れる、と、二度寝をしようとした瞬間に思い出す。己に課せられた使命を。
「寝坊した!!」
叫ぶ千冬の隣で安定の爆睡力を見せる一虎。千冬は飛び起きキッチンへ静かにダッシュ。冷蔵庫からとりあえず材料を引っ張り出して並べる。
……何から手をつければいいんだ?
とりあえず唐揚げに取り掛かる。昨日頑張って下ごしらえを終えていたので、あとは揚げるだけである。油を熱している間にボウルに卵を割ってカシャカシャかき混ぜる。砂糖と塩もぶち込んでカシャカシャ。混ざった卵はいったん放置。今度は熱された油に鶏肉を投入する。
母ちゃん、揚げ物ってめっちゃハネるんだね。怖いね。熱いね。俺は菜箸の偉大さを知りました。こんな長い箸使いにくくね?とか思ってごめんなさい。
ちょっと茶色が濃い気がするが、生揚げよりはマシだろう!!すぐさま玉子焼きに取り掛かる。このために四角いフライパンを買ってきたのだ。卵の液を流し込む。手首を使ってまんべんなく卵を行き渡らせる。へらを使ってくりくりくり。全部巻いたら端っこに寄せてまた液を流し込む。繰り返し。完成した玉子焼きをまな板の上にのせて包丁で切っていく。……玉子焼きってこんな隙間空いてたっけ?
お弁当と言ったらおにぎりは欠かせない。炊き立てのご飯をラップにのせて塩をパラパラ。握った瞬間熱くて死ぬかと思った。え、俺いま溶岩触った?手のひら溶けてない?泣きながら握れば楕円形と三角形の間くらいの形になった。よし次!!
どうにかこうにか作り終えた千冬だが、作って終わりじゃないのが弁当である。そう、第二工程、弁当箱に詰める作業が待っている。とりあえず端っこから詰めていく。こんにちは隙間さん。千冬は空いた隙間にタコさんウインナーを押し込んだ。さよなら隙間さん。
なんとか弁当箱の隙間を駆逐することに成功した千冬。時刻は六時五十分。タイムリミットは一虎起床の七時。コンロには飛び散った油とフライパン。流しにはボウルやまな板が無造作に積み上がっている。
「人間、死ぬ気になればなんだって出来るんだなって思いました」
「おはよう千冬、なんか朝から既に疲れてね?」
「おはようございます、一虎君。今日ばかりはどうか二度寝してくれって思いましたよマジで」
「え、なんか分かんねぇけどごめんな。コーヒー飲む?」
「あっまいココアがいい!!俺の身体が糖分を欲してる!!」
弁当作りの痕跡を跡形もなく消し去ることが成功した千冬。ただ冷静に思うと、このあと一虎に弁当を渡すのだから、別に無理して痕跡を消し去る必要などなかったのではないかとも思ったが、まぁ頑張ったのでよしとする。
大量に作ったのに採用されて弁当箱入りを果たしたのは一種につきひとつ、もしくはふたつのみ。今日の晩ごはんはその残りだな。せめて昼ぐらいは別のものを食べたい。味見しすぎて既に飽きている千冬であった。
出勤の準備を終えて一足先に玄関に向かった一虎。千冬は血と汗と涙の塊と言っても過言ではないソレを手に一虎の元へ向かった。
「千冬準備できた?」
「一虎君、はいこれ」
「……なにこれ、バッグ?」
千冬から手渡された保冷バッグに視線を落とす一虎。
「お弁当です」
「え……?」
「今朝、ちょっとだけ早起きして作りました」
「え、うそ……俺に?」
「はい。松野家の玉子焼き入り千冬特性弁当です。一虎君のために頑張りました。こんだけ頑張ったのにうちの派閥に入らなかったらバチボコにします!」
「……弁当、……」
「ちょっと一虎君聞いてますか?」
両手で持って目前で固定。吸い込まれそうなほど黒々しい大きな瞳で、一心に弁当を見つめる一虎。ほんのちょっぴりホラーちっくでビビる千冬であった。
「あ!一虎君時間ヤバい!!もう行かなきゃ!!」
どこかぼーっとする一虎の首根っこを引っ掴んで、千冬は玄関から飛び出した。
「千冬、外掃除してきた。他に何かすることある?」
「え、もう終わったんですか?!えっと……、じゃあ、在庫確認してもらってもいいですか?」
「それも終わった。はいこれリスト」
「え?!もう終わったんすか?!えっとじゃあ……、休憩!一虎君休憩入ってください!!」
「ん。じゃあコーヒー淹れてくる」
すたすたとバックヤードに消えていく一虎の後ろ姿を見送りながら、まさか一虎君なにかやましいことでもあるんじゃ?!と、至極失礼なことを思う千冬であった。
「あいつなんかやべぇことでもやらかしたんじゃね?」
「やっぱ場地さんもそう思います?」
カズトラおまえ信用ないんだな、可哀想に。と、ゲージの動物たちは哀れんだ。今日ばかりは一虎に威嚇せずに優しくしてやろうと、互いに頷き合いながらにゃーんくーんひーんと、ひと鳴きしたのだった。
「コーヒー淹れてきた。はい」
盆にみっつのマグカップをのせて一虎が戻ってくる。微妙そうな顔のふたりに「なに?」と眉間にしわを寄せた。
「一虎、大丈夫だ。お前の誠意は伝わった。だからもう吐いてラクになれ」
「え、俺別に吐き気とかねぇけど」
「一虎君大丈夫っすよ!俺ら何吐かれても受け止める覚悟はできてます!!」
「いや吐かねぇけど。つか受け止めるって何?!やだキモイ!!」
繰り広げられる押し問答。彼らの不毛なやり取りを断ち切ったのは入店を知らせるベルの音だった。
「「「いらっしゃいませ!!」」」
「いや、圧がすげぇんだよ」
「客にガン飛ばしてんじゃねーよ」
呆れ顔と声を披露したのはドラケンと三ツ谷だった。
「ピザ買ってきたぞ。一緒に昼飯食わね?」
ドラケンがぶら下げたマチの広いビニール袋を目前で揺らして、ニッと笑った。そこからの千冬と場地の行動は早かった。店のプレートを準備中にさっとひっくり返す場地。今朝から客入りも少なかったため問題もないだろう。念のため、『ご入用の際はこちらに』という電話番号入りのプレートも出しておく。
場地がバックヤードに戻れば、飲み物とピザを並べる千冬と目が合った。「場地さんありがとうございます」と笑う千冬の頭を、微笑みながらくしゃりと撫でる。
「場地、お前はこっち来い」
「一虎が千冬の横な」
司令塔の如く支持を飛ばすドラケンと三ツ谷。「なんでだよ!!」と言いながらも何故か従ってしまう場地。未だ改善されない千冬の特殊体質(対場地接触鼻出血体質)のせいなので仕方ない。
「つか、なんで急にピザ?食うけど、めちゃくちゃ食うけど」
「おー、L三枚も買ってきたから食え食え。ちょうど三ツ谷が修羅場抜けたって店に顔出してきたから、軽く打ち上げでもしようぜってなってよ。せっかくだしお前ら混ぜようぜってなったわけ」
「三ツ谷君お疲れ様っす!!……あれ、イヌピーくんは?」
「イヌピーは店番してくれてる。んじゃ食おうぜ」
「俺はいい。いらねぇ」
折りたたみ式の小さなテーブルいっぱいに広げられたピザから白い湯気が上がる。ジャンキーな香りに胃袋が刺激される。これを前に食べないなんて選択肢があるはずもない。なのに、一虎はしっかりと言い切った。
「一虎ってピザ嫌いだったっけ?」
「好き。すげー好き」
「え、じゃあ食えよ。遠慮してんの?」
「してねぇ。でもいらねぇ」
三ツ谷の問いかけに答えながら、一虎は両手に抱いた黒ねこのキャラクターの保冷ポーチを見せびらかした。
「俺、千冬が作ってくれた弁当あるからピザはいらねぇ」
「……は?」
絶対零度の場地の「は」を聞いてしまったドラケンと三ツ谷は察した。あ、これ面倒くせぇやつだわ、と。
「えぇ一虎君ピザ食わねぇの?!弁当は今日の夜でいいじゃん。ぜってぇピザのがうまいっすよ!!」
「やだ。俺、これ楽しみに今日の仕事頑張ったし」
「あれ、弁当効果だったんすか?!すげぇ俺の弁当!!俺はてっきり一虎君にやましいことがあるもんだと思ってましたよ」
「はぁ?!ねぇよ!!失礼だなお前!!」
ムッと顔を顰めながらも、どこかそわそわしながらランチクロスに包まれた弁当箱を取り出す一虎。
「あー、千冬悪い、弁当持ってきてたんか」
「いや、一虎君の分だけっす!」
ドラケンに曇りなき眼で返す千冬。「へぇー、一虎にだけねぇ」と呟く場地に、三ツ谷は無視を決め込みピザに手を伸ばした。
「わぁ、すげぇ」
パカッと蓋を開けた一虎が声を漏らす。
いびつな形のおにぎり、隙間の空いた玉子焼き、茶色すぎる唐揚げ、殻と共に身が剥がれているうずらの卵のベーコン巻、足が千切れかけたタコさんウインナー。今朝はよかった。奮闘して作ったテンションのまま弁当に詰め込んだから。だけど冷静な目で見れば、お世辞にも綺麗には見えない弁当。
千冬は途端に恥ずかしくなった。
「か、一虎君!!その弁当俺が食います!!貸して!!」
「はぁ?!なんでだよ!!」
「だってめちゃくちゃ下手くそじゃん!やべぇ、冷静になったらくっそハズい!!」
「やだ、これは俺の!!千冬が俺のために作ってくれたんだろ?俺、手作り弁当もらったの初めて」
記念に写真撮ろっとスマホをかざす一虎に千冬は絶望した。絶望したけどまぁいいか。頑張って作ったのは事実だし。なんか一虎君喜んでるし。俺は自分が作った弁当より断然ピザが食いたいし。と、驚異のスピードで立ち直った。
「ピザ頂きます!!」
手を伸ばして、ぱくり。とろーりチーズを伸ばしながらもぐもぐ。「うんめー!!」と、満面の笑みを浮かべる千冬に「だろ?」「いっぱいあるから食えよ」と、ドラケンと三ツ谷が返す。
パシャパシャ写真を撮ったあとに、一個ずつ噛み締めるように食べては「うま」と、小さな声で呟く一虎と、不機嫌丸出しで、まるで仇を食らうかのようにピザを食す場地を視界から追い出すかのように、ドラケンと三ツ谷は千冬を愛でた。
「一虎ァ」
まるで身を削るような、痛みに耐えた声で場地が一虎を呼んだのは、ちょうど一虎がタコさんウインナーを頭からぱくりと口に入れた時だった。
「そのからあげと、このシーフードピザ、交換しようぜ」
「……やだ」
「じゃあこっちの肉のってるやつと、その玉子焼き!!」
「やだ」
「んじゃ、こっちのトマトのってるやつと、どれか一個交換!!」
「やだ!!」
「テメェ一個くらいイイじゃねぇか!!ケチッ!!」
まるで小学生のような言い合いをする二人を、千冬は無言で聞いていた。なぜ無言なのか。それは、ぱくりと食べたピザの最初の一口目によって、上にのってる具材が全てべろっと剥がれて口に入れてしまったからだ。もっもっ、と咀嚼しながら手元の具なし生地を悲し気に見下ろす千冬。そんな千冬の生地にそっとサイドメニューのチキンフライをのせてやる場地。言い合いをこなしながらも気が利く男、それが場地圭介である。
「やめろー場地、男の嫉妬は見苦しいぞ」
やったぁチキンピザだぁ、と目を輝かせる千冬へチラッと視線を投げる場地。「うっせー」と呟いた声があまりに小さくてドラケンと三ツ谷は肩を震わせた。
「一虎、場地が可哀想だから一個くらい分けてやれよ」
「んー………、やだ」
「イヤなんかい」
「場地諦めろ。これは無理だ」
宥める二人と、気が収まらない場地。「男の嫉妬?」と、時の流れが数秒遅い千冬が呟く。
「場地さんが嫉妬するほどの代物じゃねーっすよ?一虎君がピザに嫉妬すんなら分かるけど」
「千冬はいいこだなぁ、そんなピザうまいか?」
「はい!!超うまいっす!!このトマトのとかなんか大人っぽくてうまいっす!!でもこっちのエビのってんのも、肉のってんのも最高っす!!」
「そうかーうまいかー、次からは千冬のためだけに買って来るわ。一虎は見向きもしねーし、場地に至っては人が買ってきたピザを交渉の材料にしやがるし」
「しかも交渉決裂してっしな」
「うるせーよ!!───だぁー!!もう!!、千冬!!俺もお前の弁当食いてぇ!!」
ドラケンと三ツ谷は後にこう語ったらしい。それは、人が見栄もプライドもかなぐり捨てて、欲望に忠実になった瞬間だったと。
「えぇ?!場地さんそんな弁当食いたかったんすか?!なに弁当がいいんすか?からあげ?幕の内?俺いますぐ買いに行ってきますよ!!」
ドラケンと三ツ谷は尚、こうも語ったらしい。見栄もプライドもかなぐり捨てて思いの丈を叫んだのに、欠片も伝わらず惨敗した男の顔は見ていられなかったと。
「千冬、お前は男心が分かってないな」
「場地はからあげでも幕の内でもなくて、恋人の作った弁当が食いたかったんだよ」
見ていられなかったが見てしまった二人はそっと助け船を出す。さすがは東京卍會の元祖おかんおとんである。
「え、場地さん俺が作った弁当食いたいんすか……?」
「………おぅ」
声ちっさッッッ!!っと、思った二人だが、思うだけで心に留めておける優しい男たちだった。
「……分かりました。半年、いえ三か月下さい!!」
「……は?」
シュタッ、と立ち上がった千冬は決意にみなぎった顔をしていた。
「三か月で場地さんに満足してもらえるような完璧な弁当を作れるようになってみせます!!」
「は?千冬、ちが、そうじゃな」
「任せてください!!どこの弁当屋にも引けを取らねぇような究極の弁当を生み出して見せます!!」
あんな揚げ過ぎたからあげや、隙間の空いた玉子焼きを場地さんに食わせるわけにはいかねぇ!!
「ちょっと料理教室調べてきます!!」
「ちょ、待て千冬」
「だめ!!」
場地の静止を掻き消すほどの声を張り上げたのは一虎だった。
「だめ、絶対ダメ!千冬はそのまんまでいい。俺は千冬のブサイク飯が好きなんだよ!!……あ、」
残すは玉子焼きのみとなった弁当箱を持ったまま一虎が叫ぶ。ドラケンは「こいつとうとう言いやがった」と、頭を抱えた。今回ばかりはお前が自ら巻き込まれに行ったんだからな俺知らねーぞ!!と、そっぽを向いた。
「なに、ブサイク飯って?そっか、そうだよなぁー。お前ら一緒に住んでっから、飯も一緒だよな。へー、ふーん、一虎お前毎日千冬が作った飯食ってんだへぇー」
「あー、いや、場地これはちが、いや違わねぇーけど」
一切の感情をそぎ落とした顔の場地と、しどろもどろに弁明する一虎。そんなふたりの様子など全く入ってない千冬は「ヒドい!!」と叫んだ。
「一虎君、俺が作った飯ブサイクだと思ってたんすか?!ひどい、ひどいっすよ!!確かに下手くそだけど!!」
「いやお前人の話聞けよ!!俺はそのブサイク飯が好きだって言ってんの!!」
「なんすか一虎君ってB専なんすか?!自分の顔が綺麗だから綺麗なもんは見飽きてるってことっすか?!」
「千冬俺の顔綺麗だと思ってくれてんだねありがとう!!とにかく料理教室通うのも料理極めんのも禁止!!お前はそのまんまでいいの!!無理して上達しようと頑張んなくていいの!!俺は素のお前が素敵だと思います!!」
息の上がる一虎の視界に映ったのはキラッキラに瞳を輝かせる千冬だった。
「か、一虎君!それ昨日一緒に観た映画のヤツっすよね!!ヒロインに向けての台詞!!ちょっと荒々しくアレンジされてっけど!やっぱなんだかんだ文句言いながら一虎君もあの映画気に入ってたんっすね!!」
「お前が何回も巻き戻して見直したから、台詞が頭に叩き込まれただけだわ」
つか、何の話してたんだっけ?と一虎が視線を落とせば、空っぽになった弁当箱が目に入った。……空っぽになった弁当箱が。確かにそこにいたはずのラスト玉子焼きは神隠しにあってしまったのか。
「玉子焼きうま」
「て、テメェ場地、何勝手に食ってやがんだ!!」
「目を離したお前が悪い」
ふざけんな返せよ俺ンだぞ!!と荒ぶる一虎の顔を手のひらでグイッと押し退けた場地。そのまま、少しかがんで千冬と目を合わせる。
「千冬ぅ」
少しだけ上目遣いに千冬を見上げる場地。
「玉子焼き、めっちゃ美味かった。一虎はお前の作った飯、毎日食ってんだな。ずり」
「へ、いや、俺マジで適当で下手くそだし」
「まぁ確かにブサイクではあるよな。でも味は美味いぜ」
「一虎君うっさい!!」
「なぁ、弁当本当にもうねぇーの?」
しゅん、と俯き影を落とした顔。え、場地さんが悲しんでる?俺が作った弁当食えなくて?あの場地さんが?あのカッケェ場地さんが?!
「ば、場地さん!!」
「ん?」
「えっと、その、実は家に残ったのたくさんあって、でも見栄えは更に悪いんすけど、その……、残りモンでよかったらうちで飯食って行きます、か……?」
「いいん?」
「はい、えと、……場地さんさえよければ」
おそるおそるそう告げた千冬がちらっと場地の表情を伺えば、にっこりと笑う彼がいた。
「嬉し、あんがと」
そう言った場地は屈んでいた体勢を直し、くるっと振り返り一虎ドラケン三ツ谷に向かい合った。
「つーことで、今日俺千冬ン家泊まっから。一虎は三ツ谷かドラケンとこ行けな」
「は、はぁ?!」
「ウチは嫌だぞ。お前ら結局夜中に奇襲してくんだろ?」
「うちのアトリエも人寝せれるよーなスペースねぇしな」
悪いな一虎!と笑顔で拒否る二人に、「なんでオレが振られたみたいになってんの!!」と嘆く一虎。
なんだかんだあっても、優しいみんなの兄貴ドラケンが一虎を連れて帰ったのだが。
「んで、ちょっとは場地と進展したの?」
「場地さんが俺の作った飯うまいって言ってくれたんすよー。甘い玉子焼き、好きって言ってもらえたっす!」
「よかったな。よかったけど、そうじゃなくって、キスくらい出来たんかよ」
「一虎君俺をナメないで下さい!!中坊じゃねーんですから!!」
「へぇー、じゃあセックスまでイケた?俺はもうお役御免?世界からの脱却も果たせそう?」
「バカだなぁ一虎君、俺が場地さんの裸見て鼻血出さねぇわけねーしょ!!」
「いや、威張んな。つか裸ってそこまでいっといてお前据え膳にも程が、」
「だって風呂上がりの場地さん、パンツしか履かねーんだもん!!」
「めちゃくちゃ健全な段階だったわ。据え膳もクソもなかったわ」
「俺は場地さんがいつお泊まり来てもいいように場地さんの寝巻き用意するって誓いました!!」
「うん。俺のお役はまだまだ御免しなさそうってことは分かったわ」
んーまぁ、まだいいか。三人で居んのも、お前ら二人がわちゃわちゃしながらイチャイチャしてんのも、俺キライじゃねーし。
あと、場地には悪いけど千冬との同居だって居心地いいし、なんたって千冬が作ってくれるブサイク飯が好物になってしまったのだ。
「千冬、俺もお前ん家の玉子焼きの派閥に加わるわ」
「え?!本当っすか?!」
「うん。甘い玉子焼き好き。あの隙間空いたやつ」
「隙間は失敗しただけなんすけど?!」
またブサイクだって思ってんでしょー!!と、きゃんきゃん喚く千冬に一虎は笑みを零したのだった。
これは一虎と世界の日常を覗いた小さな小話の第一話である。
ちなみに昨日千冬が心を落ち着かせるために縋りついた一虎の寝巻きの惨状(血だらけ)が持ち主にバレるまであと数秒である。