幻想の向日葵 いつもと違って、彼には入れ墨が無かった。あの独特な青白い肌も血色が良くて肌の色が明るい。特徴的な紅い髪だけは相変わらずだが、それでもだいぶ、いつもより人に近い姿ではある。幼い顔立ちがいっそう引き立つが、より一層その姿は美しい。
「杏寿郎」
そう自分の名を呼ぶ彼は、青空の太陽の下で向日葵の花を持って佇んでいる。彼は以前に「まるでお前みたいだな」といいながら夜にややしおれた向日葵を持ってきたことがあった。あの時と違い、手に持っている向日葵は、夏の青空の元で勢いよく太陽の方を向いていた。
ああ、夢なのだな、と、すぐ気付いた。でなければ彼の入れ墨が消えることも、太陽の下で向日葵を持つこともない。
しおれた向日葵を持ってきた夜、彼は杏寿郎の剣技を褒めたたえて、それからぽつりと言った。
「お前はこの花みたいに青空の下が似合うんだろうな」
想像だけで、それは彼が決して知り得ない己の姿だ。
叶うことなどカケラもない想いを胸に、夜しか会えない関係はとても不毛だった。もう会わないほうがいい、といつもどちらかが言うわりに諦めきれずに、もう何度、秘密裏に体を重ねたことだろう。求めた所で破滅しかない。夢想の中で互いに笑うことくらいしかできないのに。
けれど不思議と虚しくは感じなのは。彼を欲しがる気持ちにだけは嘘がないから、だろうか。
リリン、という母の風鈴の音で白昼夢から目覚めた。少しだけ、煉獄本家の縁側で少し休むつもりだったが、日輪刀を抱えたままうっかりうたた寝していたようだ。
見上げた先に真夏の太陽が天高く昇っている。
それを見ながら、鬼に恋焦がれて夢まで見る者は、あの太陽のような業火で地獄で焼かれるのだろうか、とふと思った。
「どうせ焼かれるなら、君と一緒がいいな」
たとえ罪だとしても、人の想いが消えることなどあり得ない。それも許さないと言うならば、せめて死んで共に責苦を負うのは一緒であってくれ、と願った。