＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊━━━西暦２０XX年

そこは巨大な地下空洞だった。
首都圏外郭放水路の比ではないほどに上を見上げても天井が見えない。
広さも恐らく東京ドームｘ個分と例えられるほどだろう。
敷地にはまるでコンビナートの様に鉄の塔が立ち並び幾重にもパイプが張り巡らされていて中央に鎮座するひときわ大きな塔へと繋がっていた。
その塔の前面根本には溶鉱炉の様な扉がある。だがその前には近代的な設備とはそぐわない、古い鍜治場のような設備が置かれていた。
金床に、焼き入れの為の木製の水槽。それらには物々しくしめ縄が飾られており、さらにその前には木製の机の上に神道式の供物が祭壇の様に並べられている。

そこにぞろぞろと物々しく集う人々があった。技術者らしく作業着を来た者、恰幅良く、サラリーマンと言うには妙にギラつきのあるスーツ姿の男たち。狩衣を着た神主とそれに従う袴姿の者達。

「では、お願いします」

その声に一人の老人が前に進み出た。
周囲の男達の野心の様な気配を全く纏わない、静かというよりは気弱そうな男だ。
ボサボサと垢抜けない白髪頭に黒縁眼鏡。姿勢も猫背気味で、おどおどと神棚の前に立った。
次に狩衣姿の男が手に持っている三方を老人に捧げるように差し出す。
そこには一枚の護符が置かれていた。

「これは依頼札・・・「設計図」です。貴方の霊力を通すことで一人の”刀剣男士”を顕現することが出来る」

その言葉に、ハッと老人の生気の無い瞳に光が閃いた

「こちらが候補として選んだ刀の情報が設計図、依頼札にはありますが”誰”を呼べるかは、解りません」

精悍な顔つきで炎を思わせる瞳の眼差しを持つ中年の神主は老人にそう言った。

「だが、縁がそれを呼ぶかもしれません。貴方が刀に呼ばれここに居るように・・・そして私も」

その言葉に老人はおどおどと俯き加減だった視線をあげ神主の顔を見た。

「不思議な物ですね・・・千年の怨恨さえ、こうして運命として道が繋がっているのですから」

その時、老人はこの中年の男が誰なのかを理解した。あの２０１２年の出来事は事後記録として読んではいた。彼が鬼の依り代となったあの少年なのだという事を。

老人は指を振るわせながら三方から依頼札を取り、祭壇へと捧げた。
一歩下がり、礼をすると背後に居た男たちも同じく深く頭を下げる。
神主の男が榊を振り、祝詞を唱えると鍜治場に二つの影がゆらりと立ち上がった。
背後の炉の炎が轟音を立てて勢いを増し影の男が金床に高く槌を揚げ振り下ろすと、高く澄んだ金属音が響き渡る。すかざず相槌もそれに追尾する。数回、その音が続いた。

金床の上にまばゆい光が生じ辺りを煌々と照らし出す。この一角だけ違う世界に覆われたかの様だった。老人が眩しさに腕で顔を覆い、次に目を開いた時・・・

吹き荒れるような花びらの嵐の中にあの時と同じく、気高く胸を張った美丈夫がそこに立っていた。

「呼んだのは君か」

あの最後の別れの時とは違う、好戦的で威圧的な瞳。


「山姥切長義。備前長船の刀工、長義作の刀だ」


老人は無言で深く頭を下げる。
これが、歴史上初の刀剣男士、山姥切長義の顕現であり
人類初の「審神者」の誕生の瞬間だった