ある意味素直。「そろそろ風呂入れよ。」
「ん〜………ん。」
ソファに寝っ転がるワリオにそう促すと、案外素直に返事してバスルームへ消えていった。
毎日風呂に入れと口を酸っぱくして言い聞かせてきた効果が現れ始めたか…と思いつつ、読んでいた本へ視線を戻した。
少し強めなシャワーの音が聞こえてくる。多分湯の温度も熱い。ワリオの後にシャワーを使うと湯の熱さに思わず叫ぶことが多々ある。
今日も気をつけないとだな、なんて思いながら自分の着替えも用意しておこうとクローゼットを開けた。
Tシャツとハーフパンツ、それと下着。あれ、ワリオ着替え持っていってなかった気が………仕方ねぇ、持っていってやるか。
カラーケースからワリオの着替えを取り出し、脱衣場へ持っていく。
「おい、着替え忘れてたろ。置いとくぞ。」
「…………」
返事はない…というか、何か言ったようだったがシャワーの音に掻き消されて聞こえなかった。
礼の言葉だろうということにして、洗濯機の上に着替えをおいてリビングへ戻った。
「………遅ぇな。」
厳密にいうと、大して遅くはない。普段のワリオの入浴時間が短いから、相対的に見て遅いという話だ。
でも二度止まったシャワーの音がまた再開しているから、頭も体も洗っていて遅いということだろう。
………と、言うことはだ。
読みかけの本をテーブルに起き、寝室へ向かう。
そしてシーツの皺を伸ばしたり、掛け布団をたたみ直したりとベッドメイク。最後にサイドテーブルの引き出しからローションのボトルとゴムの箱を取り出し天板の上に置いておく。
よし、完璧だ。
またリビングへ戻り、何もなかったような顔で読書を再開する。
あ、出てきた。もうそろそろだな。
ぺたぺたと湿った足音が近づいてくる。
「………」
「おーおー、どうした?」
真後ろまでくると、腰を屈めて首に腕を回してきた。これはレアだな。でも想像してたものと違った感触が皮膚に伝わった。
「バスローブ着たのか?」
「………ん。」
てっきりさっき置いておいた服を着ているものだと思っていたから、柔らかなタオル地の感触にはちょっと驚いた。
「着替え置いてやったろ。着なかったのか?」
「いらねぇって言った。」
「あー、あれいらないって言ってたんだな。シャワーの音で聞こえなかった。」
悪かったな、と頭を撫でてやると機嫌良さそうに喉を鳴らした。
でも、こうも気を許されるとちょっと虐めたくなるというか、相手の意表を突いて驚かせてやりたくなる。
「なんでバスローブにしようと思ったんだ?寝るには向いてないぞ。」
「………」
ワリオの体がギクリと強張るのが分かった。非常に分かりやすくて可愛らしい。
さぁ、どう答える?
わくわくしながら待っていると、耳殻に吐息がかかった。わざわざ、というより思わず漏れたものがかかった感じだ。
くすぐったいなと思った次の瞬間、
「痛っ!?」
かぷり、と耳を噛まれた。
思い切り噛まれた訳じゃないし、歯が尖っている訳でもないから別に痛くはないがつい反射で叫んでしまった。
だが、ワリオは意に介さずにぼそりと一言。
「どうせすぐ脱がされるから、これでいい。」
………そうだな、脱がされるの分かってるならTシャツなんかまどろっこしいもんな。
「よく分かってるな。」
「うるせぇ。」
「じゃ、脱がされてくれるか?」
「仕方ねぇな。」
そう言いつつも嬉しくて堪らないオーラが滲み出ているワリオに、だらしなく口元が緩むのをどうしても抑えられず、逃げるようにして薄暗い寝室へ潜り込んだ。
「……っは……も、いい、から………」
「いいんだな?」
余裕を無くしてこくこく素直に頷くワリオを横目に、サイドテーブルへ手を伸ばす。
ゴムをひとつ取り出し封を切って装着していると、まだ前戯の快感が抜けきらずとろんとした目のワリオがしみじみとこんなことを口にした。
「用意周到だよな………」
「ん〜?」
「お前がしたくて準備するなら分かるけどそうじゃなくても用意してあるから………」
すごい、と掠れた声が囁くように続いた。
自分がしたい時をそうじゃない時とさりげに言い換えているあたり、可愛いなと噛みしめる。
でも、そのワリオ曰く『そうじゃない時』が分かるのはワリオが分かりやすいからに他ならない。
普段は烏の行水なのに、そういう気分になると無意識に気を遣って長風呂になる。一緒に暮らしてたらそんな法則にはすぐ気付いた。
本人は気づいていないから言うのも野暮だし黙っておくが、言ったらきっと顔を真っ赤にして怒るだか照れるだかするのだろう。
それも見たい。が、今はまだこのある意味素直なアピールを堪能していたいから「以心伝心ってことかもな」と笑ってやった。