「羨ましいですわ、光秀さまと縁日に行かれるなんて」
「本当。仲睦まじい兄妹ですわね」
「まあ、妹が坂本に帰る前に一回くらいはお祭りに連れていかないとね」
女房たちに見送られながら安土城を出たのは先程のこと。
城下町はまるで真昼のような光の渦に包まれ、今が夜であることを忘れるくらい人々が行き交っている。
「綺麗……」
ありふれた言葉であるが、ほたるの口からはそれしか出てこなかった。
夜と言えば闇に紛れ、任務をこなすことが多いからだろうか。このように灯りの下にいることには慣れない。
「そうだね、夜の中で見る君はいつもと違う雰囲気があって綺麗だね」
隣から聞こえてくる言葉を幻ではないかと思い、思わず光秀の顔を見つめる。
しかし、彼は普段と表情を変えることなく自分に眼差しを向けてくる。
本心なのか、それとも試されているのか。
「ありがとうございます」
どちらにもとらえられ、どちらにもとらえられない光秀の言い方。
だけど、ここは素直に受け止めておくことにする。
「楽しんでいるかい?」
頭上から降り注ぐ光秀の言葉。
いつもの含みある言い方ではなく、どこか優しさを感じる言い方。
「ええ」
まだ縁日に到着したばかりだが、少し歩くだけでも楽しいのは事実。
「そう、よかった。たまには君の努力に報わなければいけないからね」
夜だからだろうか。それとも祭の浮かれた雰囲気に流されているからだろうか。いつもの彼からは聞くことができない言葉が次々と出てくるのは気のせいだろうか。
「ところで、もう少しで花火が始まる。とっておきの場所があるから、そこに行こう」
そう言われて連れていかれたのは小高い丘。しかし、穴場なのか他の者を見かけることはない。
こんなところに彼が安土の土地に詳しいことを垣間見えたような気がした。
やがて空に大輪の花が咲き始める。
「綺麗……」
思わずそんな言葉を口にしてしまう。
里にいたときは決して見ることのなかったもの。
過去に花火を見ることがあったがそれは闇に葬るという任務があってのもの。このように闇夜に光る花を満喫するのは初めてだった。
ふと髪に何か温かいものが触れたのを感じる。
それが光秀のくちびるだと気づいたのはぬくもりが消えてから。
触れていたのはほんの一瞬。
花火が輝くよりも短い時間。
だけど、ほたるの胸は高鳴り、そしてなかなか収まりそうになかった。
くちびるに触れてはいけない。村の長老から言われたこと。
そして、光秀もその掟を知っており、遵守している。
気まぐれ? それとも、もっと別の意味が……?
そんなほたるのどぎまぎする気持ちを知ってか知らずか空には色とりどりの華が咲き乱れる。
肩に置かれた光秀の手が温かく、それでいながらどこかこわばっていることが気になりながら。