「永遠と刹那の狭間で」11.運命の転換期11.運命の転換期
6月になると梅雨入りはしていなくても東京中にムシムシした空気が漂う。
薙刀部の練習が終わったあと、七緒と部活の先輩・一美はとりとめない話をしながら帰路に着く。
「先月の大会、惜しかったね」
ふたりの話題に出るのは先月行われた都大会のこと。
下級生の自分たちの出番はなかったものの、応援していた先輩がたが団体戦で強豪校相手にあと一歩のところまで迫ったのが印象的だった。
「でも、私、去年の大会は応援すら行けなかったから、応援に行けただけでも嬉しかったな」
七緒の隣を歩く一美がポツリと話す。
えっ?
そう思って一美に視線を向けると、彼女は夜空を見つめながら言葉を続ける。
「ゴールデンウィーク直前に大きな事故に遭っちゃって。奇跡的に命は取り留めたし、後遺症もなかったけど、検査だなんだで1ヶ月くらい入院していたんだ」
何ともないといった風に話す一美を見て意外だと七緒は思う。
屈託のない笑みも、自由に動かしている手足も、彼女がそんな目に遭っていたことは語っていないから。
もしかすると引きずっているかもしれないが、一方で一美自身、過去のものとしてとらえているのかもしれない。
当の本人がどうとらえているのかわからないため、七緒は自分からはそれ以上聞かないことにした。
会話が途切れるとコツコツと歩く音だけが響く。
大学から駅までの道は閑静な住宅街の中にあり、人混みで溢れているという東京のイメージに反して通る人はまばらである。
部活の人も同じ時間に出たはずだが、違う道を通っているせいかあたりにはいなかった。
普段は静かだけどおそろしさを感じることがない穏やかな街。
しかし、その安心感を覆す存在が視界に入った。
「怨霊……!」
闇夜の中でもはっきりとした形となって見える存在。
でも、おそらくこれが見えるのは自分だけ。怨霊はある程度能力がないものにとっては存在しないに等しい存在だから。
少なくとも七緒はそう思っていた。
しかし、隣にいる一美も顔をこわばらせているのが七緒には見てとれた。
そして、一美も同じことを思ったのだろう。七緒に目で問うてきた。「見えているの?」と。
七緒が頷くのと同時に、一美は手にしていた薙刀をケースから出し構える。
幸い、あたりには人はいない。大騒ぎになることはないだろう。
「とりゃー!」
一美が掛け声とともに何度か打ちつけると怨霊は動きを止める。そして、その隙を狙って七緒は浄化を行った。それは神子として本能的に。
「七緒…… その力……」
一美が目を見開きながら七緒を見つめる。
怨霊が見えたくらいなら「霊感が強い」で誤魔化しがきく。動きを止めたのも「たまたま」と言えば大抵の人は納得する。
だけど、浄化ができるのは白龍の神子に与えられた特別な力。
思わず浄化を行ったが、あとのことは考えていなかった。
どうしよう……
そう思ったそのとき、闇夜の向こう側から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「七緒!」
駆けつけてきたのは幸村だった。
体力がある彼にしては珍しく息を切らしている。それだけ七緒のことが心配で全力を出したのであろう。
「嫌な予感がしたので来てみたのですが…… 一美さん、でしたっけ。七緒からよく話をうかがっています。彼女を助けていただき、ありがとうございます」
彼にしては珍しく人を寄せ付けない口調でそう伝える。
「いいえ。私も助かりました。」
一美もやはり形式的に返す。
「じゃあ、彼氏が迎えにきてくれたみたいだから、私はひとりで帰るね」
そう話すと一美は薙刀をしまい、住宅街をひとりで歩き出す。それは先ほど異質なものと向かい合ったものとは思えないくらい冷静に。
その背中に何か秘密を抱えているように思えたが、それが何であるのか七緒たちにはわからなかった。
「気になりますね」
家に着いた幸村は開口一番そう言った。七緒もその言葉に頷く。そして同時に思う。
一美は一体何者なのだろうか、と。
そう、神子や八葉以外にも怨霊が見えるものは一定数いる。
しかし、一美は脅えることなく果敢に立ち向かっていった。それだけで常人でないことはわかる。
だからといって何者かと聞かれると判断材料が少ないのも事実。
いつかわかる日は来るのだろうか。
そう思いながら七緒は幸村と他愛もない話をすることにした。考えるべきことはたくさんあるけど、今はまだ平穏な生活が守られていると信じていたいから。
その後、一美とは部活で数えきれないほど顔を合わせ、相変わらず一緒に帰っていった。
しかし、怨霊が現れることはなく、また怨霊が現れたときのことについてふたりが話し合うこともなく、ただ時間だけが過ぎていった。
そして、7月下旬。
「やっと終わった……!」
話には聞いていたが、たくさんのレポートの課題に、高校よりも圧倒的に長いテスト期間。
部活がないため、帰りは早いのがメリットではあるが、それ以上に精神的に追い詰められていた。
そのため、テストの最後の科目が終わったときは思わずバンザイをしてしまいそうになったくらいだ。
「夏休みの予定はあるのですか?」
夕食後、ふたりで食器を洗っていると幸村が尋ねてくる。
七緒はうーんと考えながら話す。
「お盆が過ぎると部活が始まるみたいだけど、それまでは特に用事がないから実家に帰ろうかな。」
東京での生活は楽しいけれど、やはり気候が異なるため身体が堪える。そろそろ懐かしい関ヶ原の空気に触れてみたい気持ちが大きかった。
「五月から連絡があり、お盆に帰るそうです。私もその時期に合わせてうかがわせていただきたいと思います」
「じゃあ、みんなでと会えるのはお盆だけになるのか」
だとすれば自分もお盆に合わせて帰ろうか。
思わずそんなことを考えてしまう。
両親に顔を見せたい気持ちはあるが、幸村や五月がいない家はどこか物足りない。
すると、七緒のそんな気持ちを察したのかスマホにメッセージの着信が知らされる。
「一美さん!」
一美は七緒より1日試験が早く終わったらしく、今日早速実家へ帰ったらしい。
一美の実家は滋賀県にあるとのことで「もし七緒が近くに来ることがあれば、遊びにきてね」というメッセージも添えてある。
「滋賀県か……」
関ヶ原は滋賀県との県境に位置するため、割とすぐ行ける。実際、小学生の頃、家族で何回かドライブに行ったくらいだった。
実家に帰っても、おそらく日中は両親ともに仕事をしているだろうし、場合によっては家を開けることすら考えられる。
「お言葉に甘えて、遊びに行こうかな……」
それに少し前の怨霊と対峙したときの一美の様子も引っ掛かっていた。
実家に行くことで何か話してくれないだろうか。
そんな期待をしながら七緒は一美へメッセージの返信をした。