ハルノヒそれはかもめ学園中等部の入学式でのことだ。桜が舞い散る中、俺とつかさは校門の前に並び記念写真を撮られていた。ぎこちない笑顔を作る俺の横で終始ニヤニヤするつかさ、友人から借りてきたという二眼レフカメラを手に俺たち兄弟に笑顔を要求する父、そしてその隣に俺たち三人の様子を微笑みながら見つめる母。
今思えば、それが俺たち家族の幸せの絶頂期であったように思う。
それからすぐ後だ。母は閉鎖病棟へと隔離され、父は俺たち兄弟から距離をとるように家に寄り付かなくなった。母をそこまで追い詰めたのがなんなのか、ハッキリとした理由は分からない。父は父で目の前で最愛の人の狂っていく様を見ていくのは辛かったんだと思う。家族の間に流れる不穏な空気を直視出来ずにいた。そのうち、原因を俺とつかさに見出したのか、俺たちのことを心底憎いといった表情で見るようになった。
学校から帰るとだだっ広い家の中には俺たちふたりだけ。何が不満なのかつかさは俺に暴力を振るうようになった。俺はそれを黙って受け止める。俺は俺でつかさに負い目があって、そうするしかなかったからだ。
「あまね、おれのことすき?」
四歳の誕生日に突然つかさにそう聞かれた。
「……あったりまえじゃん!」
即答できなかった。すぐにでも「おれもすき」だと返すべきだったのだろうが、その《すき》という言葉が出てこなかったのだ。正直なところ俺はつかさに嫉妬していたんだと思う。
当時病弱だった俺は、家から出られずいつも病床に伏していた。外を自由に走り回るつかさが羨ましかった。なのにいつもおれに構うつかさが少し鬱陶しかった。
いつか病気が治ったら、この家を出てどこへでも自由に行けるように……その場所は海外、いや、それよりももっと遠くへ──。それは例えば宇宙とか。宇宙に行けたら俺にまつわる全てのしがらみから解放される……そんな気がしていた。
つかさは笑顔で俺を殴る。何がアイツをそう駆り立てるのかは分からない。幼い頃一緒に遊んでいたつかさとはもう別人に思えた。母だってそうだ。幼い頃優しかった面影は今はもうない。そして父だって……。
つかさに殴られながら全ての原因は俺にあるような気がしていた。俺さえ生きていなければ……あのとき、病気が治らずそのまま死んでいれば……父と母とつかさとで、幸せな家庭を築いていたのかもしれない。
だから、俺が死んだところで本来の世界が戻るだけだ。たぶんそれがいちばん正しい。
つかさに殴られながら、心の底からこのまま死んでしまいたいと思った。
ねえ、つかさ、今度もまた、叶えてくれる?
それが今いちばんの俺の願いだ。
«了»