あまねくんのとっとこハムスター観察日記○月✕日
今日は新学期の係を決めました。おれは生き物係でクラスメイトの蒼井くんといっしょにハムスターを育てることになりました。さっそくペットショップへ行って、ハムスターとハムスターを入れるゲージとハムスターに食べさせるエサとハムスターのお世話をするための道具を買いました。ハムスターは金色のとピンクのと、茶色のと黒いのと、とにかくいっぱいいます。その中から一匹だけ家に持ち帰りました。耳がコロンとしてておめめが大きいメスのハムスターです。とってもかわいいです。名前を何にしようか考えてたらハムスターが「ネネッネネッ、ネネーッ」と鳴くのでネネにしました。これから仲良くしてね。
***
帰りのホームルームが終わって、教室中がざわめく中、おれは係で決まったハムスターを買いに行くために素早く帰り支度を始める。ふと斜め前の席に座る蒼井茜を見ると、彼もまた帰り支度をしていた。さっきの学級会でクラスでハムスターを飼うことに決まったというのに、向こうからなんのリアクションもない。仕方がないからおれからアクションを起こす。
「ねえ!」
おれを見上げたままキョトンとしている蒼井茜に、そのまま続けて要件を伝える。
「おれ、放課後ペットショップへ行くけど、一番はどうする?」
「柚木くん、その呼び方やめてくれない?そもそもなんで僕、一番なの?」
「だって、ウチの学年でいちばん成績いいじゃん!」
「それって、ちょっとバカにしてない?」
一番……もとい、蒼井茜はおれの呼び方が不服なようだ。ちょっと怒ってるっぽいけど、気にしない。
「してない!してない!むしろソンケーしてるって!」
茶化しているつもりなんか毛頭なくて、むしろ、おれは勉強が出来ないから、素直に勉強が出来るってすげーと思って、そう呼んでいるだけのこと。おれは勉強は苦手だけど、その代わり動物についてはこのクラスで誰よりも詳しいって自負があるし、生き物係だって自分から立候補したぐらいだ。だから別に彼をやっかんで言っているわけじゃない。人には得意不得意、身分相応不相応というものがあるのだ。ん?なんの話だっけ?
本当なら学級委員になるはずだった一番は、多数決で負けておれと一緒に生き物係をやることに決まった。今学期の委員長は多数決で一番と同じくらい成績がいい女子がその座を射止め、さらにその取り巻きが副委員長に収まってしまった。これから女子たちがでかい顔をしてクラスを牛耳ることが容易に想像できて、おれたち男子はちょっとウンザリしていた。
それもあって一番はずっとずーっと機嫌が悪い。たぶんおれは一番に好かれていないような気がするけど、おれはそーいうのは気にしないようにしてるから、どんどん話し掛ける。だって、係の仕事は生き物を相手にしてるから《知らなかった》とか、《聞いてなかった》とか言われて、色々なことをおろそかにされるとおれが困る。で、一番はそれがうっとうしいみたいでますます機嫌が悪くなる。ますます悪循環でおれたちの仲はたぶん今、最悪だ。
結局、一番はペットショップにいやいやながらも付いてきた。さすが、学級委員に推薦されるだけあって責任感は強いみたいだ。とりあえずおだてておけば、今学期の係の仕事はとどこおりなく進むだろう。よかった。おれはホッと胸をなで下ろす。
一番の様子が変わったのはペットショップに入ってからだった。
ゲージの中を走り回るハムスターを見て、一番の瞳が急に輝き出した。
「かわいい……」
一番は一匹のハムスターをじっと見ながら、誰に話しかけるでもなくボソッとつぶやいた。薄いグレーの毛並みが光の加減で紫色に見える、雌のハムスターだ。おれがとなりでニヤニヤしてるのに気づくと照れかくしなのか、急に顔を真っ赤にして声を上げた。
「な、なんだよ!柚木くん」
「べつにぃー」
おれは、一番が生き物に興味を持ったことがちょっと嬉しくてニヤニヤしたのだが、それが面白くないようだ。
一番はすぐにその紫色のハムスターのほうに向き直って、再びうっとりしたような眼差しで「この子、連れて帰りたいなあ……」なんておれの存在なんか完全に無視してつぶやいている。
「学校に、じゃなくて?」
「僕のうちで飼うのに決まってるじゃん」
「それは自分でやってよ」
「言われなくてもそうするよ」
「ふぅーん、そんなに気に入ったんだ、その子」
「べ、べつにいいだろ?」
「おれはこっちの子のほうが好きだな」
紫色のハムスターと同じゲージの中で仲良さそうに寄り添っていたハムスターを指さす。その白いハムスターの毛先がほんのり緑色ががってとてもキレイに見えた。
「べつに柚木くんの好みなんて、聞いてないけど」
「えー!なんで?もう少しおれにも興味もってよ!」
「あーもう!暑苦しいから離れてよ!」
一番はおれを邪険にする。でも一学期、いっしょに仕事をしなければならないから、お互い無視というわけにはいかない。それに、いっしょに仕事をしているうちにきっと仲良くなるだろうし。このとき、おれはそんな感じで楽天的にとらえていた。
結局、学校から預かっているお金から、クラスで育てるハムスターと飼育のための餌や道具一式を買う。そのハムスターの中に、一番とおれ、それぞれのお気に入りの子たちも連れ帰った。
再び教室に戻ると、すでにもうみんな帰宅したあとで、夕日が差す中でおれと一番とで、黙々と作業した。明日はきっとクラスのみんながこのケージの前に集まって、話題はハムスターのことで持ち切りなんだろうな、なんて想像したらワクワクが止まらなかった。
夜はこの学校に置いていくことになるから、一晩分の餌やらなにやらを準備し、おれたちは学校を後にした。