師走師が走るほどに忙しいという12月。この場合の“師“とは先生のことではなく、師匠である僧侶を指す。普段落ち着いているような人でもお経あげるために馳せ回り、多忙になる月、ということらしい。
聞き齧ったことなのでそれ以上のことは知らない。教えてくれた当の本人は、“師“よろしくバタバタと忙しなく働いている。毎晩遅くに帰宅し、風呂で寝落ちしかけ、録画した番組は溜まっていく一方だ。壁に貼ってあるタスク表はチェックがついては新たなタスクが増えていく。油断するとコーヒーをガバガバ飲むので、3杯目のおかわりに立ち上がった瞬間に止めに入らなければならない。
「何か手伝えることあります?」
菅原さんの(胃の)ために購入したノンカフェインのお茶を淹れながら尋ねると、しばらくタイピングを止めて思考していたが「うーん……応援してほしい」とだけ言われた。
俺は「頑張ってください」「菅原さんならやれます」「最近ちゃんと靴下セットで揃えててえらい」と声をかけるのだが、その度菅原さんは「おうよ」「よし」「そうだろ」と相槌を返すので面白かった。
そのうち一通り書き終えた学級だよりを見返しながら「もう12月になっちゃうよ〜」と嘆き出す。
「どうしようかなクリスマス会……何やったら喜ぶかな」
「学校でクリスマス会なんてやるんですか?」
「そう、英語と道徳の時間使ってさ。毎年色々やってるんだけど……何か案ない?」
「靴下配ったらどうですか」
「連想ゲームが下手すぎる」
適当に言った案は即却下される。腕組みをしながら菅原さんはうんうん唸り、「影山がサンタに扮して教室に来るのはどう?イタリア語でなんか言ったらそれっぽくない?」と言い出す。
「通報されるの嫌なんでちょっと……」
「うーん……大人だったらチキン食って酒飲んでプレゼント交換して、あとはエッチするだけみたいなコースばっかだから悩まなくていいのにな……」
机に突っ伏しながらボソボソとそんなことを言うので笑った。つくづく不健全だ。
「あ、そういえばなんですけど、今年は平日なんでクリスマスパーティー無理かも……多分年末だから作業も多いし」
急に申し訳なさそうに顔をあげる菅原さんに頷く。もとよりそのつもりだった。
付き合い始めてから俺たちはクリスマスの夜を一緒に過ごしたことはない。
俺は海外にいたし、菅原さんは大学を卒業してからはそれどころじゃなかった。
お祭り男を自称する菅原さんはいつも悔しそうだが、俺はイベントにこだわりのあるタイプではない。
「俺も仕事入ってるんで大丈夫です。落ち着いたらゆっくり過ごしましょう」
そう声をかけると菅原さんは嬉しそうに笑って小指を差し出した。
朝起きてきた菅原さんは、リビングにあるカレンダーが新しい写真になったのを見て「12月……」と呟いた。あまりにも絶望感を滲ませた声色に、思わず口角が上がる。目敏い菅原さんはムッとした顔で「お前にはわかるまいよ、この気持ちは……」とぶつくさ言いながらソファに寝そべった。
テーブルにコーヒーを置くと、「ありがと」と言いながら菅原さんが身体を起こす。そしてマグカップに手を伸ばし、「あれ」と声を上げた。
「何それ」
「少し早いけど、クリスマスプレゼント」
菅原さんは初めて見るものを前にした子どものような顔で、それを見つめていた。
「なに?これ」
菅原さんはやっぱり重ねて同じことを聞いた。言葉を変えて答える。
「アドベントカレンダーって言って、クリスマスイブまでカウントダウンするんです。箱の中に何か……いろいろ入ってます」
こんな説明でいいのだろうか。菅原さんは家を模した木製のボックスをマジマジと見つめ、24つあるうち一つの引き出しに指をかけた。咄嗟に「駄目です」と声に出す。菅原さんはいたずらを咎められた子どものようにビクリと顔を上げた。
「番号書いてあるじゃないですか。日付順をちゃんと守ってください」
菅原さんはクルクルとボックスを回して「1」と書かれた引き出しを見つけ、俺の顔色を伺いながらそっと開けた。
覗きこんでから「……チョコだ!」と笑う。
指でコインチョコを取り出した菅原さんは「なるほど、理解した」と満足気だった。
「こんなお洒落なもん、なんで知ってんの?」
「ローマに移籍してる時、チームメイトの家に招待されることが多かったんですけどクリスマスシーズンになるとよく見かけてたんで」
「へえ、さすが本場だな……あれ?クリスマスの本場ってどこ?フィンランドか?」
「知らないです。イタリアは結構それっぽかったですけどね」
金色の包み紙を剥きながら「もしかしてこれって子ども向けの催しなんじゃないの」と尋ねる菅原さんに、首を傾げて適当に誤魔化す。
「でも毎日なんとなく楽しい気持ちになるかと思って。菅原さん、毎年この時期はそれどころじゃなさそうだったし」
菅原さんはこちらをポカンとした顔で見上げ、「ええ〜……!」とつぶやいた。
「そんっ……そんなこと考えてくれてんの!?なんか……ええ〜〜〜……!」
両手で覆った顔が次第に赤く染まっていく。
「やっぱイタリア効果なのか?影山のイケメン化」
「なんですかイタリア効果って」
「うふふ、じゃあさっそくお裾分け」
含み笑いを隠しきれないまま、菅原さんはチョコを咥えて「ん」と唸る。顔を近づけてチョコを半分咥えると、少しだけ唇に触れた。舌の上で溶けたチョコは、安物っぽい強めの甘さだった。
「毎朝の楽しみができた。……ありがとな」
照れ臭そうに笑う菅原さんは、俺が何かを言う前に学校に行くための準備をすべく、リビングをすり抜けていった。
終わり