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    koshikundaisuki

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    12/9 影菅アドベントカレンダー

    #影菅
    kagesuga

    乾杯酒は別に好きじゃない。強い弱い以前に、それを自覚するほど飲んだことがない。
    幸い職業柄、あとは時代性もあって、周囲に強制する人間はおらず、飲酒に対する嫌な思い出もなかった。好き好んで口にしないというだけであって、付き合いの場や冠婚葬祭では流石に最初の一杯に口をつけるくらいはするのだが、進んでいないグラスを見て何かを察したかのように「俺、もらおうか」と言い出す人もいた。そういう場合は軽く会釈をしてグラスをススッと移動させた。弱いと印象つけたほうが後々楽だ、そう教えてくれたのは菅原さんだった。

    菅原さんは酒が好きだ。普段はそんなに飲まないものの、金曜の夜と土曜、そして飲み会では休肝日の分を取り返すかのように飲んだ。飲むとフニャンとした様子になり、人の膝の上に乗ったり人の頬を吸ったりと悪ふざけが加速するので弱い部類に入るのではないかと感じさせられる。介抱しようと近づいた人間は床に、テーブルの下に、そして自身の背中の後ろに大量の空き缶・空き瓶が隠されていたのを見て、大抵ギョッとした顔をする。
    人の膝に座り、頬を吸うなど悪癖以外の何物でもないと思うのだが、それ以外の点においては酒癖は悪くなく、記憶を飛ばすこともなければやはり他人に酒を強いることもなかった。
    そんな菅原さんも、年末になると自宅での飲酒もささやかなものになった。

    最近、菅原さんは「べランピング」たるものにハマったらしい。タイルがひび割れ、シミだらけのベランダは今まで洗濯物を干す時しか出入りしなかったのだが、突然ホームセンターで買ってきた人工芝をせっせと床に敷きはじめた。きちんと採寸をしなかったせいだろう、人工芝が足りず、ベランダの端の方が剥き出しになっている。どうするのかと思って見ていたが、いつの間にかトマトの栽培キットが置かれていた。
    環境を整えたあとは、小さなアウトドアチェアと折りたたみのテーブルを運び出した。そんなものがあることすら知らなかったので、最近勢いのままに購入したか、勢いのままに買ったまま押し入れにしまい込んでいたかのどちらかだろうと思う。リビングからこぼれる明かりだけを頼りに、菅原さんはそこで晩酌をはじめる。つまみは既製品だったり、缶詰をあけただけだったり、野菜を切って塩をかけたものだったり簡単なものではあるのだが、窓の外にいる菅原さんは楽しそうだった。

    秋頃はよかったが、そろそろ冷え込む時期だ。また夕飯後に軽くつまみとハイボールを持っていそいそとベランダに行く菅原さんに「寒くないんですか」と声をかける。
    アウトドア用の上着を羽織った菅原さんは「それも込みで楽しいんだよ」と笑う。
    そして「影山もちょっと来る?」と言った後、すぐに「うそうそ。風邪ひいたら困るから来なくていい」と言ってサッシを閉めた。

    俺は冷蔵庫の奥の方にずっと放置されていたほろよいの缶を取り出すと、ベンチコートを羽織ってベランダに出た。暖房の効いたリビングから12月の夜へ飛び出すと、まるで魔法のように息が白く凍った。菅原さんは驚いて振り返り「え!うそ!」と言って、慌てた様子で立ち上がった。
    「さっきのは別に煽ったとかじゃないんだよ」と言うが俺も煽られたつもりはない。
    「たまには付き合おうと思って」
    そう言って缶を掲げると「あったなーそんなもん」と嬉しそうに笑みを浮かべた。俺の分もあったらしく、アウトドアチェアをもうひとつ用意してくれた。
    腰かけると、「影山レベルになると脚がかさばるなぁ」と菅原さんは感心したように言う。俺は脚を折り曲げてコンパクトにすると、缶のタブを開ける。ビタミン炭酸飲料の匂いが鼻をくすぐる。これはCMで新味登場した際、菅原さんが「これなら影山も飲めそう」と買ってきてくれたものだった。なんやかんやで飲む機会もなく放置されていたが、思い出してよかった。
    「かんぱい、かんぱい」
    すでに半分空けている菅原さんがはしゃいで言う。缶をぶつけると、菅原さんがにゅっと顔を伸ばして俺の頬にジュっとキスをした。
    「もう出来上がってる」とあきれ半分で嗜めたが、菅原さんは「嬉しくてはしゃいでるだけ」と言った。
    「嬉しいって何が?」
    「乾杯できることがさ。乾杯はグラスが2つないとできないものだろ。だからいつもより特別なんだよ。ひとりじゃできないことから。それが影山だからなおさらいいものだなぁ」
    酔いのせいか、寒さのせいか、菅原さんの鼻も頬も赤かった。手の甲で触れると「つめた!」と文句を言う。
    「俺も好きですよ。菅原さんと二人で飲むの」
    「マジ!?じゃあ俺ら両想いだ」
    「元からそうでしょう」
    「元からそうなのかぁ」
    菅原さんは缶の中身がなくなったのを確認しながら「贅沢だなぁ」という。

    洗濯物を干すときとは違う景色が見える。木々の間から見える夜の街。澄んだ空に広がる星の輝き。遠くで聞こえる飛行機の音。それに反応した犬の遠吠え。

    「窓から見える景色っていいよな。俺の実家の子ども部屋からは隣の家の柿の木が見えた」
    菅原さんがポケットから取り出したカイロを俺に一つ寄越した。
    「この部屋から見える景色も好きだった。もうじきお別れってなるとやっぱちょっと寂しいな」
    俺が黙っていると、菅原さんはスン、と鼻をすするのだった。ティッシュはリビングにある。取りに戻ろうとする前に、菅原さんは服の袖で乱暴に鼻を拭いた。
    「あーあー」
    「良い子はマネしないでください」
    軽く非難すると、開き直ってそんなことを言う。俺が笑うと「次のベランピングは脚伸ばしてできるぞ」とにんまりするので、「芝生敷くならちゃんと測らないと、枯れたトマトには荷が重いですよ」と返す。菅原さんは振り返って青いプラスチックの植木鉢を一瞥すると「でも朝顔になら任せられると思う、俺は朝顔を信じてるから」というようなことを言った。


    終わり
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    koshikundaisuki

    DONE書けた!間に合った…すげえ…やればできるじゃん…
    菅原生誕祭2022油性ペンで大きく“T”と書かれた段ボールからマトリョーシカが姿を見せたとき、「マジで?」と声に出してしまったのは、『影山飛雄』と『ロシアの民芸品』が結びつかないから、という理由だけではなかった。
     
     
     そのマトリョーシカはたびたび影山のSNSに登場していた。
     家でつくったというポークカレー。ファンからもらった手紙やプレゼント。チームの新しいグッズ。イベントに出演した際にもらった花束。スポンサーである飲料メーカーによるスポーツドリンク。部屋の窓から見える空。キャンペーン用につくられたサイン入りのカレースプーン(の試供品)。大量に作って冷凍しておいたというポークカレーのタッパー。
     そんな日常生活の一部に、マトリョーシカは写り込んでいた。ファンの間では有名で、はじめこそ影山飛雄はマトリョーシカが好きなのではないかとわざわざプレゼントする人も多かったという。しかしプレゼントしたマトリョーシカがSNSに登場することはなかった。載せられるのは、いつも同じ柄、同じ顔のマトリョーシカ。画像を見る限りいつも同じ場所に配置されているので、意図的に写しているというよりはたまたま背景として写り込んでいるらしかった。
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