手料理番組に提出するアンケートの中には「料理は得意ですか?」という質問もあった。
「いいえ」と書いて出せばそこに触れられることはない。
話を振られても「自炊はあまり」と言えば「指先命のバレー選手は、包丁とか危ないですもんねぇ」とみんな勝手に納得するので楽だ。
すると今度は「普段はどうしてるんですか」という質問が来る。
食事にどうするも何もないといつも思うのだが、侑さんに「あれは飛雄くんに彼女がおんのか、遠回しに探っとんねんで」と教えられて驚いた。
「作ってくれる人とかは?」とニヤニヤ聞かれるのは、そういうわけだったのだ。
そうとも知らずに「寮には寮母さんがいました」と答えていた。その話をすると菅原さんはゲラゲラ笑った後、「お前はそれでいいんだよ」と言った。
冷蔵庫を探ったあと、ふと考える。鍋じゃないものが食べたい。
冬になると「メニューに迷ったら鍋にしろ」と言われる。低カロリーで野菜とタンパク質が摂れる。味も変化できるので飽きないし、体も温まるから、と。
とは言えどここのところ、俺たちの夕飯は鍋が続いていた。
昨日はキムチチゲ、一昨日は水炊き、その前はゴマ豆乳、そしてカレー鍋、もつ鍋、しゃぶしゃぶ、白菜と豚バラのミルフィーユ鍋、また水炊き、海鮮鍋、トマト鍋。何か鍋でなくてはいけない理由でもあったんだったか。振り返っても何も思い出せない。料理のバリエーションの少なさ、時間のなさ、面倒くささ。そういったものが「10日連続鍋」という結果を引き起こしたのだろう。
俺は食料をストックしている棚を漁り、材料がそろっていることを確認すると、まな板と包丁を取り出した。
野菜は適当に水で洗い、ピーラーを使って皮を剥く。少しだけ皮が残ってしまったが、気にせずそのまま小さく切る。猫の手、を意識してゆっくり切っていく。コトン…………コトン…………。自分でも少し苛立たしくなるくらいにゆっくりと。ジャガイモは煮込むうちに溶けてしまうので大きめに。ニンジンはいつも固いので小さめに切った。玉ねぎは大きく半分に切ってから手で皮をむき、みじん切り(にしては粒がデカい)に、もう半分はザクザクと荒く切った(くし切りというらしい)。
やたら重い鍋に油を入れ、豚肉と野菜を放り込み、炒める。ある程度熱が通ったら火を細くして放置する。
放置、と言われたところで特にやることが思いつかなかったので、コンロの前で棒立ちになっていた。
コトコトと鍋の蓋が浮き始めたところで様子を見ると、野菜から染み出た水分でひたひたになっていた。
カレールーを割って入れ、あとは適当にかき混ぜたら完成だ。ひとくち味見をしてみたが、好みの味になっていた。
満足して火を止め、ふと思う。
「……もしかしてこれも鍋か?」
風呂を洗っていると、脱衣所からLINEの電子音が響いた。手に付いた泡を洗い流してスマホを確認する。菅原さんからだった。
「今から帰ります!」というメッセージとアド郎のスタンプ。
俺は「先風呂入りますか?」と送る。程なくしてアド郎が風呂に使っているスタンプが返ってきた。お湯をため、米を洗う。
炊飯器のボタンを押すと、「ただいまぁ」と鼻の頭を赤くした菅原さんが部屋に入ってきた。
風呂から出た菅原さんは、「カレーの匂いがする」と嬉しそうだった。
「最近鍋続いてましたからね」
「今日とんこつ鍋とかだったらどうしようかと思ってた」
菅原さんは冗談交じりに言い、炊きあがったご飯を皿によそった。
俺は水の入った大きめのマグカップに卵を落とし入れ、爪楊枝で慎重に黄身を刺す。レンジで加熱すれば温泉卵の完成だ。
お湯を切った卵を、盛り付けたカレーライスに乗せると菅原さんがはしゃいだ声を出す。
「これこれ、影山のカレーって感じ」
「菅原さんには辛さ足りないかも」
ハバネロペッパーの小瓶を置くと、「せっかくだし最初はそのまま食べる」と手を合わせ、ペコリと頭を下げた。
「カレーってさ、個性出るよな。影山は絶対豚肉使うだろ。んで温玉が乗ってる」
「そうっすね」
「ニンジンも丸いな」
「菅原さんのは、なんか……ゴロゴロ?してますよね」
「乱切りって言うんだよ」
菅原さんはバクバクとカレーを食べ、お代わりをすると辛さを調整した。
「優越感」
ニコニコと嬉しそうな様子に「優越感?」と聞き返す。
「俺は影山の手料理が食べられる数少ない人間なので」
「大したもんじゃないですけど」
「いやいや、美味いよ」
食べ終えた食器を、菅原さんが下げてくれる。ごはんを作ってもらった方が皿を洗う、というのはどちらが決めたことでもない。いつの間にかそうなっていた。スポンジを手に取り、菅原さんが口を開く。
「それにさ、影山がはじめて麻婆豆腐つくってくれた時、俺感動して泣いちゃったもんな」
まだ、俺が高校生の頃の話だ。俺は思い出して笑った。
「菅原さん、ほんとに泣いてましたね」
「言うなし……」
泡だらけの食器をすすごうと横に立つと、菅原さんは照れて唇を尖らせていた。
終わり