酔客たちの帰り道大人数での飲み会だったので会計がもたついた。結果、いつもならハチ公の如くおとなしく外で待っていただろう影山の店内乱入はちょっとした騒ぎになってしまった。
はじめて会う大学の友人たちを前にした影山は「菅原さんがいつもお世話になっております」となれない口ぶりでカクカクと挨拶を述べ、頭を下げたのだが、当然友人たちは「影山飛雄とどんな関係!?」と騒ぎ出し、それによって他のテーブルの客が振り向き、最初は影山を落ち着いた素振りで案内してくれた店員ですら「実はファンなのですが……」と色紙をちらつかせ出した。
「外で待ってて~って言ったべや」
「……だってなかなか来なかったから」
最終的に箸袋にまでサインすることになった影山だったが、店内に入ってきたことに後悔はしてないらしいものの、約束事を破ったことを咎められて少々不貞腐れた態度を見せた。
「ちょっと飲んだ?」と訊ねる。影山の手首をつかむとわずかにだがドクンドクンと脈が大きく、そして早く波打っていた。何も答えないが、少しだけ飲んできたようだ。
影山の「走馬灯が何か知りたい」というリクエストにこたえて走馬灯の説明をしながら、本当に聞きたいことは「走馬灯とは何なのか」ではないのだろうなと思った。現に地面を見ながら歩く影山は、心ここにあらずの様子だった。
今日は例の青城コンビと会っていたはずだ。二人の話は普通にするようになったし、確執のようなものはなくなったのだと思っていたが、何かあったのだろうか。
「久しぶりに会ったんだろ?楽しかった?」
ツンツンと人差し指で手の甲をつつくと、影山は顔をあげて、コクリと頷いた。
「何食った?どこの店だったんだっけ」
「なんか……名前よくわかんねぇ和食がいっぱい出ました」
影山が挙げた店の名前を聞き、咄嗟に(さっきの店の3倍だ……)と野暮な算数を展開してしまう。
「金田一くんと国見くんだっけ?元気そうだった?」
「元気でした」と影山は応えたものの、2人の名前を出したとき、影山がわずかに反応したのを見逃さなかった。
「でもなんか影山は元気なさそうじゃん」
「元気っす」
「嘘つけぇ」
体をとん、と影山にぶつける。体幹が鍛えられた影山の体は、ピクリともしなかった。
「……あいつら、付き合ってるらしくて」
「……えっ!」
予想していなかった展開に、思わず動揺する。金田一と国見、名前はよく聞くものの咄嗟に顔が浮かんでくる仲ではない。
そんな二人が恋人関係にあると言われても、俺としては「そうなんだ」としか思わないのだが、影山がおとなしい原因は間違いなくそこだ。
「そうなんだ……それ俺に言ってよかったのかな」
「……内緒にしててください」
「わかった」
街角のイルミネーションで照らされた影山の表情は、うまく自分の感情を飲み込めない小学生のものに似ていた。別に、友人の同性愛にショックを受けているわけでもないだろう。
「聞かされた時ショックだった?」
影山は首を傾げ、困った顔をしながら「そうなんですかね」と呟いた。
「嫌な感じ?二人が付き合ってんのは」
「いや、そういうことじゃないです。むしろ、あーそっか、っていうか。まあそうだよなっていうか……合ってると思う」
「俺あんま知らないけど仲良さそうだったもんな~」
「はい。金田一って面倒見いいし、国見は金田一になら何でも言えるらしいし」
「そうなんだ?」
相槌を打ちながら、俺は影山のことをこまめに気にかけていた背の高い少年を思い出す。あっちが金田一か。それでどこか不機嫌そうでアンニュイな感じの子が国見だな、と頭の中で整理する。
「高校生の時から付き合ってるって言ってた」
「あー、最近のことじゃねぇんだ。ふぅん、長く付き合ってるんだなぁ」
影山の話を聞きながら徐々に、何となくではあるが、理由がわかってきたような気がした。
「なんか、ちょっと寂しいんじゃない?二人が付き合ってることもそうだけど、今まで知らなかったこととか」
「そうなんですかね……?」
「ちょっと疎外感あるべ?俺も大地と旭に『実は高校から付き合ってた』って言われたらさ、その、うん……ごめん例えがよくなかった。でも二人が俺に言ってない秘密を共有してたらなんか寂しいな~って思うよ」
影山は言葉を咀嚼するように数回頷いてみせる。
「あとはさ、ちょっと昔のこと思い出したときに『あの時には2人ってもう付き合ってたんだ~』って思うと、なんか照れるっていうか」
「そういう経験あります?」
「あるある!山ちゃんと蒼井優とか……あとガッキーとお源が結婚発表したときとかさぁ」
「そういうんじゃないです」
「はい……すんません……」
数々の芸能人の結婚発表に泣き濡れた思い出は、ピシャンとシャットアウトされた。影山は小さく頷いていたが、次第に納得したかのように大きく頭を振った。
「モヤモヤは晴れた?」
顔を上げた影山は、すっきりした顔を見せた。そして「俺も言えばよかった」と小さく口にした。
影山を抱き寄せ、頭を撫でる。
「お前らは友達なんだから、いつ言ったっていいんだよ」
「……うん」
「いつでも話せるよ」
「うん」
酒のせいもあるのだろう。影山は少し眠そうで、それでもやさしく細められた目が、今ここにはいない大切な人達のことを想っているのがわかった。
「なあ、せっかくだからイルミネーション見て帰ろ。ちょっと遠回りになるけど」
はしゃいでスキップしてみせると、少し変なステップで影山が後ろからついてきた。
「へたっぴ」
笑いながら横並びで歩き出す。影山が手を伸ばして俺の手を自分のコートのポケットに入れた。
かじかんだ手が、影山の体温でとけていく。
酒が入っている上に、ぴったりくっついて歩き出したせいで、足が絡んだりぶつかったりした。
「ふふっ、歩きづれぇ」
「めっちゃぶつかる~~」
道行く人たちはただ酔っぱらいを避けるように、ゲラゲラ笑いながら歩く俺たちのことをかわしていくのだった。
終わり