2021.12.06「お前それ次言ったら殺すぞ」
そう言った旦那の声がその場にいた誰の予想するよりもマジにキレてたから顔を上げた。
「わ、悪かったよ匋平、俺ァただ仲良いよなって……」
「旦那、無駄な体力使うなよ」
戸惑ったように言い訳する年の近い若衆を睨んでいた旦那が、俺のセリフで力を緩めて「くだらねえこと言うなよな」って呆れたような声を出した。
「俺と依織はンな安いもんじゃねえんだ」
「わかった、わかったよ。悪かった」
そそくさ逃げ出した若衆をいつまでもじとっと目で追ってた旦那に声をかけて肩を組んだらやっと体の力が抜ける。まだ少し体が熱い。頭に血が昇るとこうなる。
「言ってくれるじゃねえか」
「ァ? どれだよ、アイツか?」
「馬鹿、『そんな安いもんじゃねえ』だよ」
「あぁ……」
旦那が横顔で笑う。静かにしてれば綺麗な顔だちをしてる旦那が口を大きく開かずに微笑むのを隣で見る時、そのまなざしが俺には少しだけ大人びて見える。
匋平は依織が本命だもんな。
それだけだ。言われたのは。周りからは何がきっかけでキレるかわからねえと思われてたが、俺に言わせれば旦那ほどわかりやすい男もそういなかった。わからねえって言われてたのは手前一人がちょっと馬鹿にされるくらいじゃ動かなかったからだ。それが意外なのは理解できなくもない。そんで、そこに関しちゃ残念にも思ってた。旦那が、自分のためにはすぐキレることができねえってとこには。
「そろそろ飯行くか」
落ち着いたらしい旦那の背中を軽くさすってやって体を離すと、今度は旦那の方から肩を組まれる。
「よーし、今日は餃子にしてやる」
「何だよ旦那、太っ腹だな?」
旦那が反射のレベルでキレるのは俺がコケにされたって判断した瞬間だ。旦那にとって俺は旦那自身よりもよっぽど大事なもんだからだ。旦那が歯を見せて笑う。そんな風に笑うと、そこら辺を歩いてるガキと変わらねえように見えなくもない。
「お前は俺の大ッ切な相棒だからな」
「旦那ァ、あんま引っ張ってやるなって」
「ハハッ」
笑ってんのを見てる。俺もお前のために誰より速くキレてやれる。だから俺たちは同じだ。旦那を俺の犬だとかペットだとか言う奴に、旦那は何もしないからだ。お前を舐めることは俺を舐めることだ。俺とお前はひとつだから。ああいう奴の言葉を借りてやるなら、それこそ、誰かの飼い犬を蹴ったら飼い主に殴られるのが普通だろう。たったそれだけのことがわからないような奴が旦那を指差して笑おうとするなら、俺はその指を折る。俺を「旦那のオンナ」だって言われて旦那がキレるのと、それは同じことだ。
旦那が飯の話をしてる。お前が笑ってるのが好きだ。旦那の手が俺の肩を抱いてる。お前は俺の安い感情なんか一生知らなくていい。俺とお前はひとつだから。
/a half