2021.12.07 知らない駅名が表示されて、旦那も俺も動かない。ドアが開いて閉まる。もう何度かそうした。
どこへ行くんだとは聞かなかった。出がけに聞いた時答えなかったから、もう。来てくれって言われたからついてきた。表に出さないようにしていたみたいだったが、あまりにも切羽詰まった顔をしてたから。
旦那の手が俺の手を握ってる。何も言わない横顔を見た。乗客の少ない平日昼間の、輪をかけて利用者が少なそうな田舎に向かう路線だった。正面を見てぼけっとしてる旦那を見てる。終わりなんだってわかった。俺たちは俺たちのままじゃ、もうどこにも行けないのか。そんなことを思った。
懐かしい夢を見た。お前となら何でもできて、どこにでも行けて、何にでもなれるって俺はあの頃本気で思ってた。たぶんお前も。ガキだったから。それだけじゃない。俺たちはひとつだったから。
何時間も電車に乗って、海が見えたから降りて、どうってことない海を二人で見た。キツい潮の匂いと黒っぽい砂浜ととりたてて綺麗でもない海。曇ってて結構波がデカかった。旦那はどこにいても不思議と絵になる男で、そんなつまらない海の前に立っていてもそうだった。旦那がいつまでも手を離さねえから手だけがやたら温かかった。風が少し冷たかったから、手のぬくもりを余計に意識したのかもしれない。
お前は俺を攫わなかった。俺もお前を縛らなかった。あの日、二人で誰にも言わずに組のシマから遠く離れた海に行ったのに、俺たちは見るだけ見てなんにもせずに帰った。逃げなかった。逃げられなかったわけじゃない。そうしないことを無言のうちに選んだ。本当はあの日だって何でもできたしどこにでも行けたし何にだってなれたんだ。だけどそれを選ばなかった。愛してたからだ。お前は俺を、俺はお前を、そこから先の未来ごと。俺たちは世界に二人っきりじゃなかった。俺と旦那を引き合わせたものが翠石組っていう家族だった時点で、本当はそうだった。最初からってことだ。
まどろみながら思い出す。だから俺たちはこれでよかったんだ。何度でもそう思う。俺たちはもうどこにいても一人じゃない。もう二度と一人にならない。家族の声が俺を呼ぶ。もう少しうるさくなるまでは目を閉じる。湿っぽいぬくもりをてのひらによみがえらせる。俺たちは俺たちのままでどこにでも行ける。俺たちは一生一人じゃない。お前が一生隣にいなくても。俺たちはひとつだから。
/悲しみなんて