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    wsst_nvl

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    wsst_nvl

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    七五のちょっと特別な朝の話。

    #七五
    seventy-five
    #バレンタイン
    valentine

    モーニングトースト ケーキ屋を思わせる大きな紙の箱を開いて、七海はわずかに口角を上げた。顔を近づけると、ほんのりと甘い香りが鼻をくすぐる。
     そっと取り出したのは一斤の食パン。いわゆる高級食パンに分類されるそれを俎上に乗せて、潔く包丁を入れた。薄めに二枚。それから、分厚く二枚。
     七海の家のトースターで一度に焼けるトーストも二枚。まずは薄い方をセットする。焼けるのを待つ間に、小鍋から引き揚げた茹でタマゴを手に取った。無骨な指で器用に殻を剥き、潰してマヨネーズと和える。スプーンがカチカチと鳴るのはあまり行儀がよくないが、タマゴサラダを作る時ばかりはご愛嬌だと思うことにしている。
     今度ははっきりと、香ばしい匂いがキッチンに漂い始める。頃合いを見てトーストを取り出すと、千切ったレタスとモルタデッラ、タマゴサラダを挟んでざくりと斜めに両断した。
     残る二枚をトースターに並べ、ダイニングにカトラリーを揃えると、七海は寝室へ向かった。枕の上に、柔らかそうな銀髪と刈り上げたうなじが見える。
    「五条さん、もうすぐ朝食ができますよ」
     声を掛けると、盛り上がった布団が微かに身動いだ。しかし、起き出す気配はない。
     七海はスリッパを鳴らして、ためらいなく近づいた。同窓の後輩としても恋人としても付き合いは浅くない。確かにゆうべは遅くまで深く深く繋がり合ったけれど、この最強でショートスリーパーの男がその程度で目覚めを渋ったりするはずがないと重々分かっている。誘われているのだ。
    「五条さん」
     布団を捲るが早いか、中から大きな手が伸びてきて、七海の腕を掴んだ。さほど抵抗もせず倒れ込むと、請われるままにくちびるを重ねる。
    「おはよ」
    「おはようございます。朝食が、」
    「んー、そうだね」
     尚もぐいぐいと腕を引いてベッドの中へ連れ込もうとするのを、今度は頑強な体に力をこめて拒んだ。
    「なんで」
    「今パンを焼いてるんです。焦げますから」
    「はァ? 火ぃ消してから来いよ」
     文句を垂れつつも、五条はあっさり腕を放した。五条もまた短くない付き合いを経て、七海から好物の恨みを買うのがいかに愚策であるかを知っている。今朝の駆け引きは七海の勝ちだ。
    「冷めないうちに来てくださいね」
     甘い空気をものともしない食欲の塊が寝室を後にするのを見送って、五条は呆れ半分、愛おしさ半分の溜息をついた。

    「これ、僕がきのう買ってきた食パン?」
     きつね色のタマゴサンドを前に五条が尋ねると、七海は頷いた。
     あしたバレンタインだけど、なんか食いたいものある?ー予定より早く任務を終えた五条が電話を架けたら、返ってきたリクエストが高級食パンだった。イベントの趣旨にそぐうのか微妙なチョイスだがそんなことはお構いなし、純粋に食べたいものを挙げる遠慮のなさは、五条が日頃好ましいと思っている七海の美点だ。
     いただきますと手を合わせて、七海は一切の憚りなく大きく口を開けた。サクッと音を立てるパン生地の甘さ、ソーセージの塩気とタマゴサラダのまろやかさのバランスに頬を弛める。その様を、五条はにんまりと口許を曲げて眺めていた。
    「……見過ぎです」
    「いやー、買ってきた甲斐があったなと思ってさ」
     そう言って、五条もタマゴサンドにかぶりついた。恋人お手製の朝食にゆっくり舌鼓を打つ間に、当の七海は早々とサンドイッチを胃に収めてしまう。そして、傍らに積み上げていたより分厚いトーストに手を伸ばした。
    「おかわり付き?」
    「一枚は五条さんのですよ」
     七海はおもむろに真新しい小瓶を取り上げた。中身の茶色いペーストをバターナイフで掬い取り、トーストに満遍なく塗り広げてゆく。
    「どうぞ」
     五条は自らの皿に乗せられた二枚目のトーストを見下ろして瞬きをした。
    「なにこれ」
    「チョコスプレッドです。甘いの好きでしょう」
     七海は最後の一枚にもスプレッドを塗りながら答えた。七海宅の朝食でトーストは定番だったし、一緒にジャムやピーナツバターが並んだこともある。けれど五条の記憶では、チョコスプレッドが登場するのは初めてだ。
    「もしかしてこれ食べるために食パン頼んだの?」
    「まあ、そうですね」
    「そんでもって、これは僕宛てのバレンタイン?」
     卓上にバターナイフを置いて、七海は五条を見遣った。
    「……解釈はご自由に」
    「照れるなよ」
     お互い仕事に忙殺される身の上で、イベントをまめに祝うことなどほとんどない。きのう五条がリクエストを聞いたのだって、たまたま時間に余裕ができたから気まぐれに尋ねただけだ。それが思いがけないかたちで返ってきたのだから、ちょっぴり浮かれたくもなる。
     タマゴサンドを平らげると、五条は早速チョコレートトーストに取り掛かった。食パンだけとは違う、明確な甘さと仄かな苦さが心地よい。
    「美味しい」
    「それはよかった」
    「ありがと」
     コーヒーを注ぐ七海の口許がわずかに弛むのを、五条は見逃さなかった。ただそれだけで朝食の甘さが増した気がして、五条もまた甘やかな気持ちで再びトーストをかじった。
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    wsst_nvl

    DONE学生五+夏がラーメンを食べる話。
    ツイッターでハイジさんが呟いてらしたネタに鷲下が茶々入れてたら楽しくなっちゃったので、冒頭ワンシーンを許可いただいて小説に仕立てました。夏油をまともに書いたの初めてな気がする。

    タイトルの「連理の簪」は続編で登場する予定。いつ書けるか分からんけど。
    ブロマンスのつもりですが、BLと思って読まれても問題ないのでそのようにタグ付けしています。お好きにどうぞ。
    【五+夏】特級呪物・連理の簪①【ブロマンス】「悟、ラーメン食わないか?」
    「ひのき屋? 行く行く!」
     高専から麓へ少し下ると、ほどなく小さなラーメン屋が見えてくる。藍染めの暖簾を潜ると、まずは券売機。続くたった四席のカウンターの奥には、捻り鉢巻の大将がしかめ面で立っている。
    「いらっしゃい」
     俺の定位置は一番奥、隣が傑だ。各々置いた食券を一瞥して、大将はテボに麺を放り込んだ。
    「七海、大丈夫かな? 今日結構キツくしたよね」
     ついさっきまでやっていた自主練は、灰原が座学の補習だとかで、一年生は珍しく七海一人だった。
    「あれぐらいでバテるとか弱すぎ。任務で死ぬより俺らにしごかれてぶっ倒れる方がマシだろ」
    「それはそうだけど」
     傑は苦笑いして、首に掛けたタオルで汗を拭った。シャワーを浴びたばかりの長髪はまだ湿っていて、白いTシャツの背中に染みを作っている。
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    Sssyashiro

    DONE【展示】書きたいところだけ書いたよ!
    クリスマスも正月も休みなく動いていたふたりがい~い旅館に一泊する話、じゃが疲労困憊のため温泉入っておいしいもの食ってそのまましあわせに眠るのでマジでナニも起こらないのであった(後半へ~続きたい)(いつか)
    201X / 01 / XX そういうわけだからあとでね、と一方的な通話は切られた。
     仕事を納めるなんていう概念のない労働環境への不満は数年前から諦め飲んでいるが、それにしても一級を冠するというのはこういうことか……と思い知るようなスケジュールに溜め息も出なくなっていたころだ。ついに明日から短い休暇、最後の出張先からほど近い温泉街でやっと羽が伸ばせると、夕暮れに染まる山々を車内から眺めていたところに着信あり、名前を見るなり無視もできたというのに指が動いたためにすべてが狂った。丸三日ある休みのうちどれくらいをあのひとが占めていくのか……を考えるとうんざりするのでやめる。
     多忙には慣れた。万年人手不足とは冗談ではない。しかしそう頻繁に一級、まして特級相当の呪霊が発生するわけではなく、つまりは格下呪霊を掃討する任務がどうしても多くなる。くわえて格下の場合、対象とこちらの術式の相性など考慮されるはずもなく、どう考えても私には不適任、といった任務も少なからずまわされる。相性が悪いイコール費やす労力が倍、なだけならば腹は立つが労働とはそんなもの、と割り切ることもできる。しかしこれが危険度も倍、賭ける命のも労力も倍、となることもあるのだ。そんな嫌がらせが出戻りの私に向くのにはまあ……まあ、であるが、あろうことか学生の身の上にも起こり得るクソ采配なのだから本当にクソとしか言いようがない。ただ今はあのひとが高専で教員をしているぶん、私が学生だったころよりは幾分マシになっているとは思いたい。そういう目の光らせ方をするひとなのだ、あのひとは。だから私は信用も信頼もできる。尊敬はしないが。
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