書きかけ放置シリーズ3「一人でハイラルを旅しようと思うのです」
突然のゼルダの宣言に周りはどよめいた。
それは大厄災を越え、テラコの修復も終え、復興の日々を送っていたある日のことだった。
「私の力を必要とする人々がまだ沢山いるでしょう。私はその人達の助けになりたいのです」
その横顔は瞳を輝かせ、希望に満ちていた。
静まり返った皆の中でテラコがピポーピポーと興奮気味にゼルダの周りを自身を主張するように飛び跳ねながら回る。ゼルダは腰を下ろして元気に跳ね上がってアピールを続けるテラコを抱き上げた。
「貴方もついてきてくれるの?」
ピポー! と一際大きく返事をしたテラコにゼルダは笑みを浮かべた。その後ろに控えていたリンクも頷く。その姿を見てハイラル王は娘の決意を感じてため息を吐いた。
「儂も昔はハイラル中を旅して周ったものだ。ゼルダにも必要な経験かもしれぬ」
ようやく力が目覚め、大厄災も乗り越えた。十代の少女らしい時間を持ち、城でゆっくりと好きなことをして心穏やかに過ごしてほしい。ただの父と娘として、距離を縮めることの出来るような時間をこれからは多く持ちたいと考えていたのは甘い夢想だったのだろう。ゼルダはとっくに手中から巣立っていたのだ。そう厳しく育てたのはローム自身だった。辛い環境の中、立派に育った娘が頼もしくもどこか寂しさを感じてしまう。しかしこれもまた、ゼルダの望む自由なのかもしれない。今ならまだそのような時間が持てる。実際に各地では未だ厄災の残り火が燻っており、手が行き届かないことも多い。強大なゼルダの力の助けを求める民の声にゼルダは応えたいのだ。心身共に削られるような過酷な日々を送ってなお民を想う心優しい娘に育ってくれた。
ハイラル王は娘の成長を感じ、重々しく頷く。その志を今度こそ応援してやりたかった。
「姫様! 是非私もお供させてください」
名乗り出たインパが進み出てロームは目を細める。いい部下にも恵まれている。優しさを与えられなかったロームの代わりに長年娘の心を守ってくれたのは他でもないインパだっただろう。そして後ろで控えたリンクと目を合わせ、その意思を感じ取る。
「うむ。インパ、リンク。娘を頼んだぞ」
この二人がついていれば一人旅も心配はない。そのつもりでいればゼルダが驚くようなことを言い始めた。
「ありがとう、インパ。けれど大丈夫です。一年は城を空けることになるかもしれません。それだけの時間インパが務めを投げ出すわけにはいきません。それにリンクには私がいなくなった後の城を守ってもらいたいのです」
長い間修行に明け暮れ、城の務めには何も貢献してこなかったゼルダとインパでは立場が違う。元より修行のため、長期で城を離れることも多かったゼルダだ。また長期城を離れたところで困ることはない。しかしインパはそうはいかなかった。厄災を打ち倒したことで無数に湧いた魔物討伐に明け暮れる時代は終わったのだ。そうなればインパにはゼルダの供をするよりも元の職務にて国のために力を揮ってほしかった。ゼルダが城から抜けるとなればそれだけ守りが手薄になる。リンクにはインパや父などの大切な人々に加え、戦えない民も数多く暮らす中央ハイラルの守りの要として城を守ってほしかった。何より勝手なゼルダの旅に二人を巻き込む訳にはいかなかった。
「私は一人で大丈夫です。この力がありますし、シーカーストーンもありますから困ることはありません。ですからプルアとロベリー達が作ってくれたバイクで旅に出ようと思うのです」
真っ直ぐに向けられた希望に燃える眼差しに応えてやりたかったが、ハイラル王は娘の箱入りぶりに頭を痛めた。
「馬鹿を言うでない。そんな危険なことをさせられる筈なかろう」
「そうです姫様! お一人でなんて無茶です!」
インパに反論するようにピポー!と胸の中で鳴いて跳ねたテラコに驚いたゼルダは宥めるようにその白い筐体を撫でる。
「そうね。一人ではないわよね。貴方がいるものね」
胸に抱く重さに心強さを感じ、ゼルダはキラキラと夢に輝く瞳を父に向ける。
「この通り、テラコもついてきてくれます」
「ならぬ。若い娘の一人旅を許すわけがなかろう」
「私にはこの力がありますから、危険などありません」
胸を張るゼルダの様子にすっかり渋面を作ってしまった父王にこんこんと世間知らずぶりを説教され、希望に満ちて輝いていた筈の顔を俯け、ついには涙目になってしまったゼルダをリンクはずっとハラハラと見守ることしか出来なかった。
「御父様は心配しすぎです。今までだって何度も修行と戦いで城を離れ野山の生活をしてきました」
今だって助けを求める民がいるかもしれない。逸るゼルダを宥めて諦めさせよとインパはハイラル王から仰せつかっていた。
「姫様。陛下の仰ることは正しいのです。全て反対と仰っている訳ではないのです。せめてリンクを連れて行ってください」
最初は誰しも長くとも一月程度の旅だろうと考えていたのだ。一年もの長丁場となればインパは確かに城を離れることは出来ない。
「リンクの働きは国にとっても重要なものです。父からの命を受けることも多いでしょうし、いざとなれば軍を率いてもらいたいのです。城を離れることは得策ではありません。それにリンクには、皆を護ってもらいたいのです。私も心配ですから……」
ゼルダの護衛をしながらリンクが日々城に届けられる求めに応じて人々を助けていることも知っている。皆のためにもリンクは城にいるべき人だった。そしてリンクが城にて皆を護ってくれていると思えばゼルダも安心して旅が出来る。困り顔でゼルダを囲むリンクとインパの様子に呆れた態度でプルアは溜息をついた。インパ達では説得しきれないのでプルアとロベリーにも助力を願い、ゼルダの用事ついでに揃って古代研究所へ足を伸ばしていた。
「一人旅なんてとんでもない。危険がベリーハード過ぎます!」
「あのね、姫様。一人で食事や洗濯はどうするの」
「何とかなります。皆がしているのですから、そう難しいことではないはずです。私もそれくらい出来るようになりたいと思います」
「野宿することもあるかもしれない。一人じゃ危ないでしょ」
「テラコもいますから。私一人でも大勢の魔物にだって負けません」
何度もやりとりしてきたのだ。自信満々に答えるゼルダをプルアはじとりと見上げた。
「それじゃはっきり言うけど、気のいい人に飲食を勧められて薬盛られて気づいたら事後だった、じゃ遅いんだよ、姫様」
「プルア!」
「寝てる時に襲われるかもしれない。目が覚めたらやられちゃってたらどうするの? 姫様が襲われてるってそいつには理解出来ないかもしれない。言い包められて傍を離れてるかもしれない。世の中には取り返しのつかないことがあるんだよ。だからみんな女の一人旅は危ないって反対してるワケ」
「プルアー! 姫様になんてこと言うんですか!」
「姫様がわかっちゃないから仕方ないでしょ。大体さあ、姫様がバイクにばかすか食わせてる星のかけらだってすごく貴重な物なんだよ? そこの勇者クンが拾い集めてくれてるから困ってないだけですぐに枯渇するに決まってるよ。姫様が通ってきた山道だって本当の獣道じゃなくて研究員やリンクが危険がないように枝や石をどけて整備してたんだよ。自分で火を起こしたこともないのに一人旅なんて無茶を言う前にまずはリンクに感謝でもして、心配かけさせないようにしないと」
プルアからはっきりと告げられたゼルダが思いつきもしなかった危険性と事実にゼルダは言葉を失い、リンクへ視線を向ければ困ったように見つめ返される。プルアの言葉に嘘がないのだと察したゼルダは反論することも出来ず、しおしおと項垂れてしまった。