Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    じゅん

    落書き、小説、進捗、ちょっとディープな創作など乗せたりします。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 4

    じゅん

    ☆quiet follow

    和泉くんが詐欺師を追い返す話です
    『虚に伏す』の和泉くんが出てきます。モブはいるけどたっちゃんはバイトでいません

    #ホラー
    horror

    悪霊退散(笑) ある夏の暮れ方のことである。山々に囲まれたこの田舎町に一人の訪問者が訪れた。男は自称除霊師である。ぽつぽつと点在する家々を巡っては、やれ悪霊に取り憑かれているだの、悪い気が溜まっているからこの壺を買えなど宣って住人達から多額の金を毟り取らんとしていた、いわゆる詐欺師だ。しかしほとんどの住民は馴染みのない顔の話を易々と信じる訳もなく、売上は芳しくなかった。が、一つ妙な話を聞いた。
     
     ──S区の辺りには幽霊が出るらしい。
     
     曰く、この町で最も住民が少ない静かな土地で、かつて凄惨な事故があったという。除霊師なら祓ってみせろ、そうしたら貴方の話を信じると突き放されてしまった。何の成果もなくただ無駄に高い電車代を払ってまた都会に戻るなど無為に肥えたプライドが許すはずもなく、男はなんとしても稼ぎにありつかねばならぬと息巻いていた。
     
     ╳╳╳
     
     「和泉くん、ちょっといいかしら」
     「あれ、三村さん。どうしたんですか?」
     
     猛暑の唯一の利点は洗濯物が早く乾くことだ。和泉は庭でからからに乾いたタオルなんかを取り込みながら、隣家に住む三村の訪問に応じた。三村という老齢の女性は、姉を亡くしこの家に引き取られてから良くしてもらっている数少ない隣人だ。和泉の境遇や容姿を軽蔑せず接してくれている。先の町会長であった主人が亡くなり、夫人も老人ホームへ移り住むにあたってこの家を譲り受け、現在は和泉がひとり暮らしている。
     三村は耳打ちするように声を潜めた。和泉も習って耳を寄せる。
     
     「なんだかね、除霊師?の方が来てこの辺りに悪霊が住んでるって言うのよ。私そういうのよく分からなくて……」
     「除霊師ですか、ちょっと胡散臭いですね」
     「でももしあの人の話が本当で、何かあったら……不気味だわ」
     
     三村は柵の向こうに立つ男をちらりと見ゆる。和泉も視線を向けると、和服や狩衣なんかをしっちゃかめっちゃかに着た、なんとも奇妙な服を着た男と目が合った。大きな数珠を抱え人の良さそうに会釈をする仕草がどこか嘘くさく感じる。
     
     「……わかりました、僕が話を聞いてみます。本物だったら対処してもらいましょう」
     
     
     
     男は気の弱そうな老婆に目をつけ、あれやこれやと嘘八百を並べた。しかしあろうことかこの老婆、隣家の若い住人に声をかけたのだ。もう少しのところで思わぬ障壁が立ちはだかったが、この若者も巻き込んで二人から金を巻き上げてやればいいと切り替える。
     広い家だ。庭も含めてこんな大きな土地に住んでいるならば、若者に除霊に時間がかかるからと住み着き、ゆくゆくは追い出してしまってもいいかもしれない。男が呑気に思考を巡らせつつ庭に踏み入った時だった。
     
     『──────』
     
     耳元で、いや耳の奥だ。鼓膜を直接叩くような、不快音。そしてそれに伴う圧迫感。いくら盆地とはいえ夕方になればそれなりに暑さも和らぐはずなのに、身体中から汗が吹き出て止まない。何が起きたのかと男が足を止めていると家主の若者が、どうかしましたか、と尋ねた。

     「い、いえ。なんでもありませんよ。ははっ」
     「庭じゃ暑いでしょうし、中へどうぞ」
     「ええ、お邪魔させていただきます」
     
     男は羽虫の集るが如く、煩わしい音に苛まれた。山を木霊する油蝉のそれや部屋を我が物顔で旋回する蝿の方が幾分マシだとすら思った。きっと疲れが出たのだ。朝からあちこちへ足を運んで商売をしたのだから疲れが溜まって当然だ。田舎なんだから虫の音が常に聞こえるのもそうだ。そうでなければ、この不快音に納得できない。
     ぎし、玄関の段差を上がれば木が嘶く。木彫りの熊や石英の塊などが置かれた典型的な田舎の玄関口だ。今更疲労やそれに伴う耳鳴りで営業を辞める訳にはいかぬと男は内心かぶりを振って切り替える。
     
     「えぇと、南雲さんでしたか。この家にはおひとりで住んでいらっしゃるんですか?」
     「はい。恩人から譲り受けたんです」
     「立派な家ですねぇ。伝統的な日本家屋だ。家も土地もこれだけ広いと手が回らないのではありませんか?」
     「そうですね、使ってない部屋も多いです。でも畑なんかは近所の方に貸し出しているので、僕ひとりでも何とかやっていますよ」
     
     そうでしたか、男は相槌を打ちつつも部屋を視線で舐め回す。古い箪笥や掛け軸に混じって最近の家具家電が置かれている居間に案内され、促されるままに三村と座布団に膝を下ろした。
     
     「今麦茶を入れますね」
     「ああ、お構いなく」
     
     いくつか会話をして男は気づく。南雲という若者は少々変わっていると。灰に桃色を混ぜたようなその髪は長く腰ほどまでに伸びていて、高すぎない中性的な声も相まって一見すると普通の女だ。黒地の半袖とハーフパンツ、そしてそこから覗く白い手足のコントラストが相まって、整った顔立ちを際立たせている。しかしよくよく見てみると、浮き出た喉仏やしなやかで骨ばった手はありありと男の証明であった。バラエティー番組などで見る女装など見るに堪えなかったが、この若者はその嫌悪感を不思議と感じさせぬ、むしろ自然に男の眼は情報を捉えている。
     除霊師と机を挟んで麦茶を運んだ和泉と三村が座った。三村は不安げに和泉を見やると、彼は大丈夫ですよと笑みを返し男に伺った。
     
     「それで、悪霊でしたっけ」
     「ええ、ええ。この地に根付くとても強力な霊力、そして恨みを感じます」
     「へぇ……除霊師さんはその悪霊を払えるんですか?」
     「もちろん!例えばこちらの札、家の四隅に置くだけでたちどころに霊が逃げていきますよ」
     「へぇ、たちどころに」
     
     除霊師は鞄から何やら模様の書かれた札を取りだし和泉と三村に勧める。
     
     「ただ、除霊には時間とお金がかかります。というのも、この札の効果は一ヶ月と少々短いのです」
     「あら、それじゃあまた幽霊が家に来るんですか?」
     「ええ、ですので一度に札を大量に買い上げるお客様もいらいっしゃいます」
     
     まぁ、とすっかり男の口車に乗せられた三村が口元を覆う。ゴキブリ殺虫剤ですらもっと効果があるだろと口を出したくなる和泉だったが、麦茶で喉奥にしまいこんでおく。
     商談に加速をつけようと、男はひと口麦茶を啜る。よく冷えたそれが太陽に焼かれた身体に染み込んでいく感覚が心地良い。
     
     「短期間で劇的に効果を得たい!という方のためにこういった商品があるのですが……」
     
     男が己の商売に揚々と乗りはじめた時だった。
     
     『────?』
     
     また、あれだ。
     ずんと重くなるような、壁が迫り来るような圧迫感と異音が男を襲う。それは男の背中側から聞こえた。先程よりやや解像度の上がった音だったように聞こえたが、詳しく聴き取れず言葉が喉に詰まる。
     
     「どうしたんですか除霊師さん」
     
     和泉の声がやけにはっきり男に届く。それにすら男は過敏に反応してしまい、冷や汗が流れた。
     
     「い、あ、いえ。なんでも」
     「僕なんだか怖くなってきちゃいました。もしかして、この家に何かいるんですか?」
     「やだ、よして和泉くん」
     
     セールスは言葉が大事だ。一度でもどもれば信用を失うというのに、かえって好転するとは男は運がいいと嘆息を殺す。
     
     「……実はですね、こういった歴史ある家屋には霊が寄り付きやすいのです。座敷童子のようにいい霊も悪事を働く悪い霊も区別無く。私は先程から悪い霊の気を感じておりました。不安な気持ちは霊を寄せ付けます。どうか冷静に」
     
     口が紡ぐままにそれらしいことを並べ上げ、男は大層らしく振る舞う。途中また麦茶で舌を濡らして、ペラペラと除霊にまつわるあれこれを吹き込んだ。いとも容易く雰囲気に飲まれた三村は顔を青くして、和泉に引っ付いている。
     
     「除霊師さん、その御札いくらするんですか?」
     「一枚三万円となります」
     「三万円かぁ……御札よりも効果のあるものなら、やっぱりそれなりにお値段はかかりますよね」
     「ええ、お客様にお求めやすい価格にと努力を重ねておりますが、如何せん高価な素材でできておりまして」
     
     百均一で買って適当に達筆らしく仕上げた札に、骨董市にも並ばない量産の壺、偽物だらけの商品を和泉はじっと見つめる。そしてひとつ間を置いて口を開いた。
     
     「……僕、除霊をお願いしたいです」
     「待って和泉くん。この御札ですら三万円もするのよ。学生でこんなに高額のお支払いなんて」
     「でも僕、このまま悪い幽霊が住み着くなんていやです。三村さんだって不安でしょう。それに、この家を、居場所を与えてもらった恩があります」
     
     真剣に、有無を言わさぬ面持ちで和泉は除霊師に告げる。三村も和泉の判断に頷く他にないと判断したのか男に向き直った。
     しめた。男は口角が上がるのを堪え、では手続きにと契約書を取り出そうとしたところだ。
     
     「僕としても大きな出費ですから、お金は除霊のあとにお支払いしたいんですけど、それでも大丈夫なら除霊師さんに頼みたいです」
     「あ、後払いですか……」
     「ちゃんと効果を見てからじゃないと不安でしょ?お互いの信用のためにも、除霊を先にして頂きたいんですけど。なにか不都合でもありますか?」
     「いえいえ何も」
     「必ずお支払いしますので、よろしくお願いしますね」
     
     にこりと和泉は目を細める。さっさと契約を取り付けて去りたかったというのに。やけに乾きやすい喉に麦茶を流し込み、男は取り出した契約書をカバンに戻した。
     なんと面倒な客を引き当てたものだと男は苛立ちを覚えた。途端、足元から沸き立つような冷気に身を包まれる。
     
     『溘s縺募ョ「縺』
     
     びくり。思わず大きく肩が跳ねた。
     
     「あら除霊師さん?顔が真っ青ですよ。まさか、悪霊がこの部屋に?」
     「あ、ああ、い」
     
     三村は除霊師の異変に顔を青ざめさせ、隣に座る和泉へと視線を向けた。その視線は交わることはない。和泉はただ一心に除霊師を見つめ、除霊が施されるのを待っている。
     より鮮明に脳に入り来んだその音は、およそ人の理解出来るものではなかった。引き伸ばされたり縮められたりしていて、歪んだ音だった。
     
     「除霊師さん」
     「ひ、はい」
     「この家のどこかに、悪霊がいるんてすよね。すぐにでも除霊をお願いします」
     「はっ、はい。ただいま」
     
     ああクソ!なんなんださっきから!
     外ではこちらの事情などいず知らずと無神経に虫が鳴いている。時折それに烏の音が混じり、まるで催促するよう男の耳を打ち彼の神経を逆撫でする。暑くて暑くて仕方がない夏の風景の一部にいるのに、男は酷く体を震わせていた。寒気が止まらない、そのくせ喉は乾く。油蝉の声は相も変わらず捲し立てるように騒々しく、吹き出した汗は服にまとわりついて、身動ぎするたび主張を激しくしている。
     もうどうにでもなれと鞄から商品を取り出しそれっぽい経を唱えた。
     
     『溘s縺募ョ「縺 溘s縺募ョ「縺』
     
     最中にすらその音は響いた。それが男に届くたび、彼は言葉を詰まらせ喉の乾きに飢えた。和泉が二杯目を注ぐとすぐさま器をひったくり、零れるのも構わず口へ運ぶ。
     次いで紹介した札を取りだし家の四隅へと設置しようとした。和泉の案内で部屋を移動するのだが、次の隅へ行くのに随分と時間がかかるように感じた。そう感じたのは男だけなのだろう。和泉は変わらずの態度で、三村も怯えてはいるが男のように異音が聞こえている訳では無いらしい。
     
     『?ンさァク伽於 オきャク?クきさささサ????』
     「ハァーッ、ハァーーー……ッ」
     「除霊師さん大丈夫ですか?僕らは何もわからないんですけど、お祓いは順調なんですか?」
     「だっ大丈夫です!じゅン、順調ですとも、っひィ!」
     
     順調とは程遠いその面で、よくもまあ除霊師の皮を被っていられるものだ。和泉は言葉のみでの心配を装う。
     ぎし、ぎし、ぎし、ぎし。歩いても歩いても次の部屋が遠く感じる。幾度襖を開けた?幾度障子を通り過ぎた?肥大した疑念は男の危機感を煽り立てる。
     
     「っはぁ、はぁーッ……次が、最後ですな?」
     「はい、あとどのくらいで除霊は終わるんでしょうか」
     『??ァいいいい おきゃ、キャクさきオゃくやク????ア゚ーーーー? ??ィーー』
     「ひぃ、はひ。すみ、すみませっ、んでした。かえっかえります。すぐに、ごめんなさい。す、みません」
     
     とうとう男は膝をつき、頭を抱えてガタガタと身体を震わせた。
     
     「なっ……何を言ってるんですか!こんな中途半端なことして除霊だなんて」
     「三村さん落ち着いて。除霊師さん、ちゃんとお金は支払いますから、最後まで続けてください」
     『ょ、??がッだねェ??オギオ、ぎゃぐじ、うれうれじィィ????ーーーーーーーー』
     
     ああまた喉が渇く。寒くて、暑いのに震えは止まらなくて、後ろにいるアレが気色の悪い音を出す。
     殆ど土下座の体制で蹲る男の前に和泉が立つ。
     
     「かんっ、かんべんしてくださ。もうっ、もきません。ゆるし。ゆぅじでくだざ」
     「除霊師さん」
     
     蚊と同等の男の謝罪など耳に入らなかったのだろうか。和泉は場違いな程に優しい声音で優しい顔で男の顔を伺った。みっともなく涙と鼻水を垂れ流したそれを見て、慈悲深い笑みを浮かべている。
     きたないなぁ、と思った。
     
     「最後まで、ね?」
     
     
     ╳╳╳
     
     
     「これッこれにて、じょレっ除霊を、お、ぉおわりまずっおわ、おわり、でず。おわ、あ。お、わり。あ、ぁ」
     
     口元も覚束ず視線も定まらないまま、荷物をまとめた男は足早に廊下を通る。
     
     「あっ!除霊師さん、お金がまだ……」
     「い、ひぃ!ぃい頂けまぜんン、っ!」
     
     男は息を切らして時折躓きながらその家を出ようとする。玄関までが異常なほど長く感じて、滝のように冷や汗を流していた。
     ふと、居間の襖から仏壇が見えた。注視しようとしていた訳でもないのに目を凝らしてしまったのは、仏壇に飾られた写真のせいだろう。桜を背景に、よく目立つ褪せた桃色の髪の女性が笑んでいた。
     
     「……ッ、あ、あぁ……!!!」
     
     その女性は、いや、和泉は彼女の生き写しだった。
     
     
     和泉の支払いも待たずに男は行ってしまった。
     さて、と切り替えた和泉は三村に向き合う。
     
     「いやぁ何事もなくて良かったですねぇ」
     「あの人なんだったのかしら……途中から態度がおかしかったし……」
     「きっと人を騙してお金を取ってたばちが当たったんですよ」
     「やだ、詐欺だったの?私てっきり、本物の方だと……なんだか寒くて、ホントに幽霊がいるんだって思ってしまって」
     
     三村は身震いをして、自信を抱きしめた。
     
     「冷房が効きすぎちゃったのかもしれませんね。今夜は温かいものを食べてゆっくりなさって下さい」
     「ええ、そうするわ。ありがとうね和泉くん。おやすみなさい」
     「はい。おやすみなさい」
     
     三村が見えなくなるまで和泉は手を振り続けた。
     あたりは夕飯時で、夕闇に営みの灯りが灯っている。和泉も夕食の準備をしようと家に戻った。外に反して家の中はいやに昏い。
     ──アイツが、廊下の影から覗いている。
     
     「……おまえ、たまには役に立つね」
     
     光の灯らない目は何も映していない。そこには何もいない。闇がある。ただそれだけだ。
     
     『ぉおオぎ、ぎゃぐざ、ァ??? ぃ、ィゔみ???? ゔレじ???イズミ、やぐ?たづ、ヒィギ、いぃイ』
     「皮肉で言ってるんだけど。喜ぶなよ気持ち悪い」
     
     冷気が廊下を這いずり回る。べちゃ、ぐちゃ、とソレが口を動かすたび濡れた靴を踏むより不快な音がする。きもちわるくて、きたなくて、耳を塞ごうにも聞こえてくる音。脳に染み付いてしまったかとおぞましい錯覚を覚えるほど粘つく音が、和泉は何より嫌いだ。コイツは姉を喰い殺して犯しつくしたその口で、一丁前に和泉と口を聞こうとしている。
     
     「はは。馬鹿できたないね、おまえ」
     
     楽しくも嬉しくもないのに口角が上がった。
     
     
     ╳╳╳
     
     『──次のニュースです。本日未明、都内に住む職業不詳の男性の遺体がアパートにて発見されました。男性の死因は判明しておらず、死後二週間ほど経っていると見られています。男性は亡くなる数週間前から不審な行動や支離滅裂な独り言が続き、周辺住民から通報が相次いでいたとのことです。えー男性の部屋からは除霊グッズと称した商品と不当な金額の契約書が多数発見されており、またSNSには信頼実績の除霊師と名乗ったアカウントがあり除霊と宣った詐欺師ではないかと警察は見解しています。さて、お次は──』
     
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    じゅん

    DONE創作BLです
    年上部下×年下上司
    おつむが弱いので階級とか役職とかはいい感じに考えました。
    軍が公に諜報機関って言わなさそうなので多分表向きは外交官みたいな感じです
    犬も喰わない 一 世界地図を書き換えた戦争──シャッフルから二十年の月日が経つ。戦場となったイグルニスタ連合王国は、かつての惨状を忘れ去るほどの再建と成長を遂げた。そして、二度とあの惨禍を呼び起こすことのないようにと、王国軍は国防に何より力を注いだ。全ては、他国との協和を、民衆の営みを愛した女王の思し召しだ。と、ここまでは誰もが幼少期より学ぶ。しかし、いつの時代にも史実には載らない者たちが居るものだ。載ったところで傍から見れば誰も気にも留めないようなインクの染み。王国軍諜報機関ライブラもそのひとつである。
    王都からほど近い古都カルサルザ。古風な街並みを見下ろす丘に、ライブラは位置している。ライブラは、初代国防長官の屋敷を改築し最新設備を携えた王国軍諜報機関である。三つ首の犬がトレードマークになっており、旗や記章に刻まれている。三つ首の犬はライブラを組織した御三家の象徴だ。御三家は、王家貴族と長い信頼を築くエスメラルダ家、隣国との関係を取り持ったカグラ家、そして歴史は浅いが多人種渦巻く混乱を収めてきたモンスティ家から成る。現在ライブラの長を務めるはピンク・モンスティ氏。家の名声は少なかれど先の戦中、戦後処理において常に前線に立ちその大いな貢献を認められ、新進気鋭ながらも多大な信用と信頼を獲ていた。
    10154

    related works