買収零プレ金で買われた。
私の隣を平然とした顔で歩いている零夜という男は、両親を殺した挙句、私に1000万ばらまいた。
両親は死んでもどうとも思わないからいいけれど、これからのことを考えるといないと困る人達ではあった。それ以外の感情はない。
この男は、私をどうするつもりなの?
「君は僕の物だ」なんて言ってファーストキスまで奪って、きっとろくな扱いはされない。
きっとテレビや本でよく見る奴隷みたいな扱いをされるんだろうな……と思っていたら、とある家に着いた。
「ここが今日から僕達の家だよ。新居だから物は少ないけれど、好きに使っていい」
「新居……?」
「あぁ。君の為に買ったんだ。家があった方が何かと都合がいいだろう?余計なことは考えなくていい、君はただ僕の傍に居てくれ」
「……」
……何を考えてるんだろう。
1000万も私にばらまくのだから、お金は持ってるだろうけど……それにしたって新居って、二階建ての家をわざわざ買った?私の為に?
そんなことして何になるの?
私は貴方の何なの?
「今日はもうお風呂に入ってゆっくり休むといい。君が入ってる間に、寝床の準備はしておくから」
「……」
「……何か言いたいようだね」
私の怪訝な視線を感じ取ったのか、振り返って私を見る零夜。私はキッと彼を睨んだ。
「何のつもりなの。私をこれからどうする気?」
「……言っただろう。僕の傍に居てくれさえすれば」
「それだけの為に家を買うなんてどうかしてる!優しくしておいて、飼い慣らす気なんでしょう!?貴方の思い通りになんてならない!冗談じゃないわ!」
人は簡単に裏切る。まるで使い捨ての雑巾みたいに、子供が飽きたおもちゃを捨てるように、簡単に。
「こんな所住まないから!貴方みたいな得体の知れない人と居るくらいならそこらで野垂れ死んだ方がマシよ!!」
大声で捲し立てリビングを出ようとする私の手首が掴まれ、引き寄せられる。
「っ!」
「駄目だ、行かせない。君は僕の物なのだから」
「放してっ……!!」
「野垂れ死になんてさせない、ここから出しもしない。僕と居るんだ、永遠にね」
「そんなの嫌ッ!!貴方に人形扱いされるなら、あの人達みたいに手酷く扱われた方がマシよ!!」
「……君が望むならそうしてあげようか」
「えっ……」
傍の壁に押し付けられ、強引にキスされる。必死に抵抗するが、華奢な彼と華奢な私でも男と女の差が出てしまう。彼に力でかなわなかった。
「んぐ、んっ……!んぅっ……!!」
するりと服の中に手が入る。ブラのホックが外される───────
【お前はこのくらいしか役に立たないんだからな……】
「ぷはっ……!いやっ、いやだっ、やめてぇっ!!!!」
「……」
「っ……!!」
過去の記憶が思い出され泣き叫ぶ私を、零夜は抱き締めた。
「……すまない。君が、あいつらの方がマシだと言うから……ヤケになってしまって」
「っ、ぐすっ……」
「…………君の部屋は2階に上がってすぐの所だ。今日はゆっくり眠るといい。それじゃあ、また明日」
パタン、と静かに扉が閉められる。
静かな部屋の中に、私の嗚咽だけがこだました……
「ん……」
朝……?
私、結局リビングで寝ちゃったんだ……
「……?(何か、匂いがする?)」
起き上がると私はソファで寝ていて、毛布がかけられていた。キッチンの方から何かの音と匂いがする。
向かってみると、立っていたのは零夜だった。
「やぁ、おはよう」
「……」
「朝食を作ったんだ。昨日の晩から何も食べていなかっただろう?」
「……要らない」
「そう言わずに。僕はある程度食べなくても平気だけれど、君はそうはいかないだろう」
「だから要らな」
そこで私のお腹がぐぅと音を鳴らす。恥ずかしくてお腹を抑えて俯くと、「ふふ」と笑う声が聞こえた。
「よかった、お腹はすくんだね」
「……」
「さぁ、お食べ。料理なんて久々だから、少し焦げてしまったけれど」
机に並べられる朝食に、我慢できずに座る。パンと、スープと、サラダと、少し焦げた目玉焼きとウインナー。質素な食事だけど……温かいご飯は久々かもしれない。
「……いただきます」
「どうぞ」
私が食べる姿を、零夜は向かいの椅子に座って見つめている。
空腹に抗えずにパンを齧る。
「……!」
スープを飲む。サラダを食べる。目玉焼きを放り込む。
手が止まらない。簡素な食事なのに、凄く美味しく感じた。
パンの香ばしさが。
スープの塩気と旨味が。
サラダのみずみずしさが。
目玉焼きの懐かしい味が。
「……う…………」
気づけば、私は泣いていた。ポロポロと涙が溢れて止まらない。
こんなご飯は、生まれて初めて食べた。誰かが私の為に作った料理なんて、死んでしまった祖母が作ってくれた物以来で。
決して上手とはいえなかった。目玉焼きは焦げてるし、サラダは水が切れてなくてびちゃびちゃだし、スープは濃いし、パンはバター塗りすぎだし。
でも、それでも、
「……沢山我慢してきたんだね。ここではもう、君を曝け出していい。僕が全て与える、君の為に。だから……泣いてもいいんだよ」
「うっ、うぅっ……っ……うあぁっっ…………!!!」
私は初めて人間らしく、感情を溢れさせて泣いた。
子供みたいに泣きじゃくりながら、朝食を食べた。
零夜はその間ずっと私の隣で背中をさすって、私が咳き込んだら水を差し出してくれた。
落ち着いた後。
皿洗いをしている零夜に尋ねる。
「どうして、私を買ったの……?」
「……君が欲しかったから」
「どうして私なの?一緒に住む人が欲しいなら、他にいくらでも」
「君じゃないとダメなんだ。他人じゃない、他ならぬ君じゃないと」
「……貴方は、私の何を知ってるの?」
「……言ったところで、君はまだ僕を信じないだろう」
「……」
「今日はまだここで休むといい。僕は少し出かけるけれど、連絡用のスマホを渡しておくから、欲しいものがあったら連絡してくれ」
「……わかった」
私が大人しく頷くと、零夜は私の頭を撫でた。その時初めて彼の顔をちゃんと見た。
整った顔の、微笑んだ表情。それはとても綺麗だった。
「……綺麗」
「うん?」
「!! なっ、なんでもないから!」
つい口に出てしまって、恥ずかしくてそっぽを向くと、また零夜は「ふふ」と笑った。
……昨日あんなことをした人と同一人物だと思えない。
「じゃあ、行ってくるね。留守番は頼んだよ」
「……行ってらっしゃい」
「! うん、行ってきます」
「!?」
玄関で見送ったら、頬にキスをされた。そしてそのまま零夜は外へ出ていった。
「……」
ほんと、調子狂う。
……零夜って、何なんだろう。私は、彼の何なんだろう。
でもそれは、このまま彼と過ごしていけばいずれわかるんじゃないかって。
何故か、そう思えた。