【FT】保護者面談 うら若き乙女の悲鳴と怒号が響き渡ったとある旅館の一角で、金色がきゅるりと渦巻いた。ぺたぺたと廊下を歩いていたグレイは、その中から現れた友人の姿に目を丸くして片手を上げる。
「よう、ロキじゃねえか。どうかしたか」
「やあグレイ。ルーシィを見なかったかい? この辺りに居たはずなんだけど」
「ルーシィ? さっきそっから温泉の方に走っていくのを見たぜ。大方またナツの野郎がなんかやらかしたんだろ、昨夜も相当な悪戯されたみてえだし」
いつものことだけどよ、と呆れ顔で言う彼にロキは礼を告げた。どうやら彼女とは入れ違いだったらしい。
ついでに目の前の肌色を直視しないよう、さりげなく廊下の奥に視線を逸らしながら口を開く。
「グレイも相変わらずだよね。服はどうしたの?」
「うおっ! いつのまに……」
「僕と会ったときにはすでに全裸だったよ」
慌てて周囲を見渡す彼に苦笑する。毎度のことながら、よく無頓着でいられるものだと感心してしまう。今もさざ波のように押し寄せる周囲からの視線や悲鳴、動揺も、彼には慣れきったものなのだろう。後戻りして落ちていた布の塊を拾い上げながらグレイは気まずそうに頬を掻いた。
「この浴衣ってやつ、脱げやすいんだよなぁ……」
「脱ぎやすい、の間違いでしょ」
ちょっと着直してくるわ、あとで一緒に飲もうぜ。そう言って来た道を戻る彼にひらりと手を振って踵を返し、ロキは教えられた場所ではなく彼女が現れたという方へ向かった。今、用があるのは愛しのオーナーではないのだ。
快晴の空の下に出たロキは、床の上で素っ裸で目を回しているナツを見つけて嘆息した。グレイといいナツといい、何が悲しくてせっかくの温泉宿で男の裸体ばかり見なくてはならないのか。無造作に落ちていた浴衣を引っ掛けてやりながら虚しさに再びため息を吐いていると、唸り声とともにナツの瞼がゆっくりと持ち上がり、頭上の男に焦点を結んだ。
「ロキじゃねえか、久しぶりだな。どうしたんだ?」
「久しぶり。温泉旅行なんて羨ましいじゃないか。せっかくだから僕も混ぜてほしくてね」
「おう! いいところだぞ。飯もうまいしな」
面倒なのか、気まぐれなのか。一向に身体を起こす気配のないまま親しげに笑顔を向ける彼を見下ろして、ところで、とロキは浮かべていた笑みを消した。
「ナツに言いたいことがあって出てきたんだ」
「――なんだ?」
「僕は今、“妖精の尻尾のロキ”じゃなくて、“ルーシィ・ハートフィリアと契約している獅子宮の星霊レオ”としてここにいる」
ロキの堅い声に流石になにかを感じとったのか、ナツは怪訝な顔で大きな猫目を瞬かせた。
「ナツ、さっきはルーシィになにをやらかしたんだい? 聞けば夜もとんでもないことをしでかしたそうじゃないか――というか、僕らは当然、あらかたの事情を知ってはいるのだけど」
「知ってるんならわざわざ聞く必要ねーだろ」
「僕が言いたいのはそういうことじゃないんだよ……」
キョトンとした顔に脱力してしまう。彼は本当になにも分かっていないのだろう。デリカシーがないのよね、とルーシィは困ったように笑っていた。それでも、とロキは頭痛すら覚えてこめかみを揉む。
ナツはよくルーシィにさまざまな悪戯を仕掛けている。そこに愛らしい仔猫が加わることも多く、一人と一匹にとっては児戯のようなものなのだろう。ルーシィも怒って制裁を加えたり、同じようにやり返したりと真っ向から相手をしているようだ。ただ時々、その悪戯が看過できないほどに度を越すことがある。
「それこそすぐに壊れるガラス細工みたいに扱われるのは、ルーシィも望んじゃいないと思うし、ナツのいい意味での雑さは必要だと思うよ。それが君たちらしさだと思うし」
でもね、と付け加える。普段なら説教とくれば聞く耳を持たずに暴れ出すか逃げ出すナツは、存外おとなしくロキの言葉に耳を傾けていた。ロキの真剣な姿に応えてくれているのだろう。そういうところがずるいと思う。
「ナツは甘え過ぎなんだよ。ルーシィも、君らを甘やかし過ぎだとは思うけど」
「そりゃあ俺たち、家族でチームだもんな」
当たり前だろ、とナツは唇を尖らせた。当たり前が許される、それがどんなにすごい特権なのか彼が分かる日は来るのだろうか。
ルーシィが星霊たちに与える友情と、信頼と、愛は驚くほど深いが、それとも違うはかり知れない関係が彼らの間に築かれていることもまた、ロキはよく知っていた。
「本当に、大事にしてよね。頼むよ。僕の……僕らの、大切な人なんだから」
願いを込めて、チョンと靴の先で剥き出しの肩を軽く蹴飛ばした。寝転んだままのナツは“レオ”の言葉に一瞬目を丸くしたが、すぐにニッと口角を上げる。
「おう、任せとけ!」
そのまっすぐな言葉と混じり気のない笑顔にぐっと詰まる。文句や忠告や、これまでの所業に言いたいことはまだまだどっさりとあったけれど、結局自分も彼の笑顔とそこに裏打ちされた信頼にほだされてしまうのだ。
なんだかんだと文句を言いつつ、本心では彼を許しているルーシィもきっと同じなのだろう。いく度めかしれないため息を吐いたロキは、いつぞやの長い長い愚痴の最後に「しょうがないよ、ナツだから」と笑って肩をすくめた彼女を想った。