――今日の夜は冷えると聞いたのに、身体が熱くて疼いている。これはー……。
「ヒースどうしたんだそのお酒は?」
ヒースが手に持っているお酒をアーサーは不思議そうに見る。普段からお酒を嗜む方だが、初めて見るボトルである。
「よくわからないけど貰ったんだよね……」
アーサーは首をかしげる。よくよく話を聞くと、ヒースが街を歩いていたら急に商人に声をかけられ、「貴方は今までで出会ったどの人よりも美しい!出会えたお礼にこのお酒をあげよう」と言われて貰ったとのことである。
「……怪しくないか?」
「怪しいけど、一緒にいたシノが上機嫌になっちゃって断るに断れなかったんだよね」
「成る程。中身は確認したのか?」
「それを今から確認しようと思って」
コルクを開けると芳醇な葡萄の香りが部屋一面に漂う。グラスに注ぐと、このお酒を嬉しそうに受け取った人物と同じ眼の色をしていた。
「赤ワインか。見た目も匂いも普通のものだね」
「あぁ。むしろ美味しそうだ」
「本当に善意でくれたのかな……」
「そうかもしれない。その商人の言う通り、ヒースは綺麗だからな!」
笑顔で自分を褒めるアーサーにこそばゆくなる。アーサーの方が綺麗なのに……そのような言葉は心の中で生まれては消えていく。
「せっかくだし飲んでみようかな。アーサーも飲む?」
「いや私はいいよ。明日は朝早くからオズ様との特訓があるし、せっかくだからヒースが飲むといい」
「わかった。じゃあ、いただきます」
ヒースは気付いたらベッドの上にいた。今日の夜は冷えると聞いたのに、身体が熱くて疼いている。これは……嫌な予感がする。
「大丈夫かヒース?」
「アーサー」
名前を呼ぶ声が掠れているのがわかる。目の前の彼がこれに気付いていない事を祈るばかりだが……。
「すまないヒース。おまえが飲んだワインの中にどうやら薬が入っていたようだ」
「薬……」
「飲んで暫くした後に『身体が熱い』と言って苦しみ始めたので、とりあえず部屋に運ばせてもらった。フィ……知り合いの医者に連絡をしたら『薬』が入っている可能性があると」
これ以上バレるな……! とヒースは強く思う。自分が飲んだ『薬』が何か知られてしまったら、こんな姿に絶望され二度とアーサーと一緒にいられなくなるかもしれない。ただえさえ理性を失いそうなのに、好きな人が目の前にいるなんて最悪だ。
「ヒース」
ベッドが軋む音がする。澄み切った青が目の前に広がり、思わず少しだけ後ろにのけぞってしまう。
「私のせいだ。私がもっと注意深くなっていればこんなことには……本当にすまない」
「アーサーのせいじゃない」
「私ができる事なら何でもしよう。……今日は幸い二人だけだから」
『二人だけ』がやけに頭に響く。本気で心配してくれているアーサーに対して、やましい気持ちが湧いてくるのは最低だ。……どうしてアーサーはわざわざそのような言葉選びをしたのだろうか?
「ヒース」
白く細い指がヒースの熱い手にそっと触れる。そのまま指を絡めアーサーはグッとヒースの顔を覗き込む。
「っつ……!」
「おまえが早く楽になれるなら……私は何でもするよ」
黒のシャツの隙間から色白の胸元が垣間見え、爽やかな香料の匂いを感じる。欲情にかられるのを必死に抑えようとするが、目の前の顔が真っ赤になった『友人』がそれを許してくれそうにない。
「ヒース」
「っつ」
ヒースはアーサーを抱き寄せると、そのまま熱を唇にあてる。一瞬びっくりしている様子だったが、すぐに受け入れ何度も何度も口付けを交わす。
「んっ……ふ……っあ」
頭がクラクラするのは媚薬のせいなのか、初めて見る妖艶な姿の彼のせいなのか。これ以上したら彼に嫌われるだろうか。……意外と笑顔で許してくれるかもしれない。
「ヒース。おまえの好きなようにしてくれ」
「……あーさーがほしい」
ヒースクリフは案外強欲なのだ。