🐭ランドに行くライジャンの話。 大きな夢の国のゲートを潜ってジャンとライナーは子供の様に瞳を輝かせて辺りをキョロキョロと見回す、特にジャンはディズニー映画を定期的に見るほど好きだから更に瞳は輝いて今にも走り出してしまいそうだ。
「なあなあ、あれ乗ろ!あっち行こ!」
なんて子供の様にライナーの袖を引いて敷地内を左へ右へと連れ回す、ライナー自身はジャンに付き合って映画を見る程度で世界観を知っている。位でジャン程の熱量はないものの夢の国の独特の雰囲気に飲まれてすっかり、デートを楽しんでいた。
「なー、ここのエリア行っていい?出来たばっかでまだ行ったことねえんだけど」
「おう、折角来たんだから満喫して帰らねぇとな」
マップを見ながら首を傾けるジャンに勿論とライナーは頷いて新しいエリアへと足を運ぶ、ライナーの自宅で昨夜観たばかりの「美女と野獣」エリアだ。
昨日予習したばかりだからかエリアに入ると映画の雰囲気をライナーもスムーズに楽しみながらまずは、とショップに足を踏み入れる。ベタにカチューシャを選んでみたりを始めるとジャンがライナーの頭へとフード付きのマフラーを目深に被せて満足気に腕組みしながら下から笑みを浮かべた。
「ライナーはこれだろ」
「これ、なんだ?…あ、これ野獣か?」
「そー、お前野獣じゃん」
「野獣、かぁ?」
鏡には映画の野獣を模したフードを被った自分がいてライナーは気恥しさに思わず何とも言えないぎこちない表情で顔を歪める、流石にこれは…とジャンへ顔を向けると少し悩んだ後に「俺これにする!」なんてドナルドダックのカチューシャを楽しげに付けているものだから思わず出そうな言葉を飲み込んでライナーはソッと財布を取り出す。
恥ずかしい、なんてそんな些細な事を口に出来ないほど楽しげな恋人の顔は可愛かったのだ。
「ちょっとトイレ行ってくる」
店を出て少し歩きチュロスを買ったところでライナーは声を掛ける、頬張りながら頷くジャンに片手を上げて先程歩いてきた道へと消えて行く、そんなライナーを見送ってジャンはすぐ側にあるベンチへと腰掛けて、もぐ。と咀嚼する度に口の中にシナモンの味が広がって顔が綻んだ。
チュロスを食べ終えた頃、ライナーがベンチにいるジャンへと手を上げながら歩み寄ってくる、もうすっかり夢の国の陽は傾いて、夜が近付いていた。
「お待たせ」
「んー全然」
「パレード見るか?」
「見る!花火も上がるんだぜ!?」
「決まりな、あ…俺ターキー食っていい?」
「俺もひと口食いたい」
「お前なんでもひと口食いたがるな」
「今チュロス食ったから一本食うの無理」
「……はいはいお姫様」
「あ?なんか言った?」
「いや、ターキー買いに行こうぜ」
いざパレードの場所取りをしようなんて思っても既にいい場所は取られているし人がすし詰め状態だ。人混みを掻き分けて見ようにも随分後ろで、パレードを甘く見ていたと嘆いても後の祭りでせめて花火くらいはいい場所で。と二人は少し離れた場所へと移動する、やっぱりちらほらと人はいるものの夜の暗闇が互いの存在を隠す様にそれぞれの姿を包み隠した。
「……あ、パレードの音するな」
「次は夕方から場所取りしなきゃだな…ディズニー舐めてた」
「でも今日乗りたいモン乗ったし行きたい場所行けたし、すげー楽しかった」
「俺もだ、また来ような」
そんな今日の思い出話をパレードの音をBGMに話していると不意に一瞬の静寂が訪れて空が弾けたように音を立てて色とりどりの花が咲く、ワァ…と歓声が上がり皆が一斉に宙を仰ぐ。
当然、二人もその中の二人だ。
「スゲー…」
「……ジャン、」
「ん?どした?」
「……渡したい物が、あって」
「え、いま?」
「いま、」
花火が上がる中漸くジャンはライナーへ視線を向けてバッグから何かを取り出す様子を目で追い、大きな手が今まで付けていたカチューシャを外して新しいそれを着ける。驚き肩を竦めながら恐る恐るにそのカチューシャのパーツを指で触れてジャンはハッと目を丸める。
「これ、なんで?」
「さっき選んでる時、悩んでたろ?」
ライナーはその一瞬すら、見逃さずにジャンを見ていた。着けたい訳では無いけれど、記念に購入したかった。でも恥ずかしさが勝って買うことが出来なかった『ベル』のカチューシャだ。
ジャンもまた察しがいいからかライナーが店を離れたすぐトイレに向かったことを思い出していた、店内で買うかと問われたら確実に自分が断り意固地になって絶対に買わなかっただろうことを考慮したのだろうと、その気遣いにもまたジャンは気付いた。
驚き、でも嬉しげに丸く開かれたジャンの瞳に打ち上がる花火が一つ二つと反射して色と輝きを加えた。
「あと、これも…」
更にとバッグから小さな小箱を取り出してソッと掌にガラスドームの中にバラのガラス細工が飾られた物語の中で最も重要なアイテムを模したローズドームをライナーがジャンへと差し出す。
「わ、すげ…」
「あるらしい、って調べたら書いてあったから…いや、でも…こんなん渡すのキザっぽいよな」
引いたか?なんて苦笑いを浮かべるライナーのフードから垂れ下がったマフラーをグイと引き寄せて二人の距離が詰まる、周囲は宙ばかりを仰いで二人の甘ったるいやり取りには気付かない。
それは夢の国の魔法に掛かっているようで、二人もまたやっぱりその魔法に掛かったかのようで大胆にも素直にもなる。
顔を上向かせたジャンの鼻先がライナーの鼻先へと触れて、互いの少し熱を帯びた鼻が触れ合う。
「ありがとな、野獣さん」
「…そろそろ人間に戻りたいんだが」
「人間に戻るにはどうすりゃいいか、覚えてるか?」
マフラーを引いた手がライナーの顎に触れ、頬を撫でて下唇に指が触れる。その指に触れるだけのキスを落としてこれから来るべきジャンの唇を受け入れるように反射的に顔が傾く。
「真実の愛を知ったら、だろ?」
「知った…?真実の愛」
「ンなもん、お前に会った時から知ってる」
「…暗くてよかった、」
「…うん?」
「……死ぬほど顔あちーから」
「……俺も」
なんて軽口を叩いた後に極々当たり前にジャンの顔が傾いて二人の唇が触れ合う。
もう大団円に向かう花火が激しく空へ打ち上がりパラパラと弾けて音を立てる。
それはまるで二人を祝福している拍手の様に幾つも終わりなく、鳴り響いた。