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    コナギ

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    コナギ

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    この前ぴくしぶに上げた忠夢の後日談、愛さま視点のお話……がまた迷走してるので途中上げ

    ##SK8
    ##夢小説

    🌹夢 愛之介さん。あなたの将来のお嫁さんですよ。
     その意味を正しく理解していたかは定かではない。なにせ年齢は幼稚園あたりだ。不安そうな目が可愛いなとか、同い年なのに自分よりずっと体が小さいなとか、そういうことばかり考えていた覚えがある。遊んできなさいと言われて放り出された庭に、小さな二人がぽつんと残った。
    「あいのすけさん、ってよぶように、いわれてるの」
     迷路のように入り組む植木の間を進み、ぷらぷらと手を揺らしながら、女の子は言う。この日は春の陽気で、柔らかなみどりの香りが心地よかった。
    「でも、そんなのながくていやだ」
     僕は怒るより先に笑ってしまう。ちっとも失礼な響きではなかったからだ。彼女は僕を見上げて、ふわりと笑った。
    「あいちゃん、でいい?」
     この瞬間、この子だけはずっとそのままでいてほしいと願った。僕に気を遣わず、奔放に笑って、そばにいてほしい。小さいなら代わりに手を伸ばしてあげる。痛いならおまじないをかけてあげる。守ってあげるよ、わるいひとから。
    「──ありがとう、愛ちゃん」
     女の子は望むまま美しく成長し、そして僕を抱きしめながら、思い出の中に置き去りにした。



     彼らが新婚旅行に出かける今日、僕は本当に休みをとっていて、たっぷりと眠るつもりだった。しかし脳は恨めしいほど習慣に従順で、朝六時ごろにぼんやりと目を覚ましてしまう。寝直すにも頭が妙に冴えていて難しく、観念して起き上がってみるが、それはそれで体が重かった。明らかに日頃の疲れが溜まっている。
     蒸しタオルの用意はなく、パジャマを脱ぎ捨てても拾う手がなく、着替えながらスケジュールを読み上げる声もない。こんなに静かな朝はどれくらいぶりだろうか。着替え終わってしまうと次にやることが分からなくなって、思考を漂わせながらベッドに腰かけた。
     窓の外、斜め上から糸で引っ張られるように飛行機が飛んでいく。おもちゃのようにも見えるそれに、恐らく、あの二人も乗っているのだろう。

     手紙が届いた。朝食のフレンチトーストに添えられていたブルーベリーをいたずらにフォークで潰したとき、若いメイドが恐る恐る差し出したのだ。クリーム色の簡素な封筒で、花の形をしたシールで封をされている。宛名の字を見ただけでため息をついた。彼女からだった。
     薄っぺらなそれを皿の横に置く。
    「読まれないのですか」
     気弱そうなメイドが、それでも興味を捨てきれない様子で訊いた。この屋敷で働いている以上、過ごした年数に関わらず様々な情報は耳に入ってくる。世話をする主人に関係することについては講義の時間があるくらいだ。僕を置いて新婚旅行に出かけた「元許嫁」からの手紙とあればその内容が気になるに違いない。
    「君が読みあげてくれるか」
     封筒を持ってちらつかせると、メイドは慌てて首を振り、逃げるように部屋から出ていった。今朝は伯母たちもおらず本当にひとりだ。潰したブルーベリーが青紫の果汁を流して皿に残っている。

     いつから温室が彼らの密会場所になっていたのかは知らない。彼女が僕の部屋を出てから車が出発するまでの時間に妙なタイムラグがあることに気付いて、ある日そっと後をつけたら、二人が緑に囲まれたベンチに並んで座っていた。いっそ向かい合ってくれていたら。手を繋いで、キスでもしていてくれたら、二人の前に飛び出して詰問することもできたのだろう。
     寄り添うように立つ小柄な低木の葉が僕の頬に触れようとしていた。湿った枝のすきまから覗いて見える二人の間は、まるで誰かを待っているかのように一人分の隙間が空いている。微笑み合う表情は恋のそれでありながら、ときおり僕の名前が会話に上がっている。確かめるように何度もその景色を見た。数日、数ヶ月、数年経っても二人の距離は変わらないのだから、本当におかしな話だ。
     だから二人が目の前に立った日、僕はようやく解放されるのだと思った。立場さえ違えば友人たちのめでたい報告だ。それなのに彼らは相変わらず一人分のスペースをあけ、辛そうな面持ちで並んでいた。忠はいつもより顔色が悪く、彼女は罪悪感を胸につまらせたように俯いていた。
     もう良かったのに。結婚にこだわっているのはあくまで親族であって、しかも一番口うるさかった父親はもういない。伯母たちは彼女より適した相手を見つけたらしく鞍替えを薦められていたくらいだ。もう、良かった。勝手にしろと言い放ったのは本心だ。みんな、親も伯母も忠もお前も、僕を早く自由にしてくれ。
     彼らの罪は僕を裏切ったことではない。僕のことをいつまでも裏切れないことが、何より重い罪だった。



    「お手紙が届いております」
     今朝もメイドが食卓にやってきた。昨日と同じ指先が、昨日と同じ色の封筒を持っている。受け取ってひっくり返すとシールの柄だけが唯一変わっていた。
    「ありがとう」
     そのままスープ皿の下に差し込むように置くと、メイドは何か言いたげにこちらを見たが、僕の視線に負けて部屋を出ていった。
     小さく息を吐いてから能天気に晴れた窓の外を見る。慎ましやかに並ぶ花や木が、その身をゆるやかに揺らしていた。

     温室はその機能のせいで季節感が分からなくなる。ベンチに座り、何をするでもなくぼんやりしていると、思考が少しずつ深いところへ落ちていく。単なる空間の区切りというだけではなくて、この場所がそっくりそのまま世界からくり貫かれて存在しているような気がした。
     彼らも切り離されたかったのだろうか。常に誰かの思惑の糸が張り巡らされているこの屋敷から。じわじわと四肢に絡まり、食い込んだ糸が肌を裂いたときには身動きがとれなくなっていることに、僕よりずっと早く気付いていたのかもしれない。
     二人が空けていたスペースに座ったことで、何が変わるわけでもない。少しは分かるかと思っていただけに僕は浅く落胆していた。
     彼らのことがずっと分からない。忠は僕に希望を与え、突き落とし、彼女さえ奪ったのになお傍にいる。
     そして彼女は僕から視線を逸らさない。忠を選んでからも寂しい目をして僕の前に現れ、何度も泣いた。忠のことを好いているのは確かなのに、こわい、どうしたらいいかわからない、という顔をして。
     僕はこめかみを押さえる。部屋に置いてきた二通の手紙を思い浮かべながら。読む気はまだない、読まないかもしれない。何が書いてあったとしても、それが彼女からのものである限り、心が揺さぶられないはずはないからだ。
     接する時間があまりに長すぎた。優しい記憶をもらいすぎた。強く、誰より気高くありたい僕を、彼女だけが崩してしまえる。



     朝食を食べ終わったところで近付いてくるメイドに目を向ける。彼女は少し落ち着いた面持ちで、紅茶のトレーと共に手紙を差し出した。
    「お手紙です」
    「ありがとう」
     恒例になりつつあるやりとりと、すべて異なるシールの柄。これで五通目の手紙だった。
     窓の外をおもちゃの飛行機が飛んでいく。
    「まだ読んでいないんだ」
     訊かれる前に答えると、メイドはわずかに驚いた顔をして、それからそっと礼をして去ろうとする。
    「君」
     彼女は自分に対する呼びかけと思わなかったらしく、数歩そのまま歩いて、ふと足を止めた。こちらを振り向いた顔に向かって、ひらひらと薄っぺらな紙を揺らす。
    「読み上げてくれないか。本当に」
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