19.回雪
フォドラの人々にとって舞踊は人との繋がりを示すものだがパルミラ人にとっては基本、舞踊は神や先祖や精霊に捧げるものだ。誰かに見てもらう為に踊るので動きが観客から分かりやすいように袖や裾が大きな衣装を着用することが多い。裾の長い鮮やかな色合いの衣装を身につけた僧侶たちが数百人集まって踊りを捧げる儀式もある。太鼓に合わせて次々と裾を翻していく光景は見事としか言いようがない。
クロードはリーガン家に入った際にリーガン家の嫡子が舞踏会で恥をかいてはならぬ、という理由で一応、宮廷式の舞踊を習ってはいる。習ってはいるが苦手だ。身体は密着させるが腰は揺らしてはならない等細かな決まりに対応するのがとにかく難しい。白鷺杯に舞踏会と今節は連続してクロードの苦手とする分野で士官学校の学生たちが盛り上がっている。
マリアンヌがベレトにより白鷺杯の代表として選出され彼女は当初、強い戸惑いを見せていた。しかしベレトの説得や実際に指導にあたったローレンツの熱心さに影響されて自ら努力の成果を披露したい、と意見を変えた。そんな訳で金鹿の学級の皆でマリアンヌの応援に来ている。ヒルダがどこからか捨てるはずの敷布を手に入れそこにイグナーツが絵の具でマリアンヌの名前を大きく書いた。白鷺杯で踊るマリアンヌの目に留まるように長身なラファエルが高々と掲げている。同じ姿勢を取るのも筋肉いじめの一環になるらしく喜んでラファエルが引き受けてくれた。周りでフレンがはしゃいでいる。
「マリアンヌさんなら出来ますわ!」
「それ良いですね、書き足しましょう!」
イグナーツは手持ちの木炭でラファエルから受け取った敷布にさらさらと飾り文字で文章を書いていく。長生きすれば名画を何枚も何枚も描き上げた筈の彼もクロードが情勢を見誤ったせいで戦死してしまった。クロードは生き生きとしているイグナーツを見ると彼に時間を返してやりたいと思う。
あんな風に横断幕のそばで無邪気にはしゃいでいるがフレンにはソロンが狙っていたという血の件についてしらを切り通すような強かな面もある。大騒ぎしながら代表であるマリアンヌを応援する金鹿の学級の面々を見て真面目な学生たちは戸惑っていたが審査員のアロイスやマヌエラは気に入ったようだった。
「これとっても楽しいわね、あたくし次の学年の子達にも作るように勧めてみようかしら」
「それは良い考えですなマヌエラ殿!」
この場にいるクロードとローレンツそれにエーデルガルトとヒューベルトの四人だけが来年は白鷺杯が開催されないと知っている。皆、顔色ひとつ変えずに審査員たちの言葉をやり過ごした。
前節の嫌な光景を忘れる為かベレトに依頼されたローレンツは熱心にマリアンヌを指導していた。今のところ起きてほしくなかった事件は全て記憶通りに発生している。士官学校の外へ出ればクロードもローレンツもそれなりの権限を持っているのだがガルグ=マクの敷地にいる限りは全ては無効だ。士官学校は基本、学生を平等に扱う。二人ともそれぞれ旧礼拝堂の辺りをふらついたりはしてみたが空振りに終わり結局、何も出来ないまま時は過ぎクロードたちは舞踏会の前夜祭を迎えた。
白鷺杯の後もローレンツは忙しかった。今度はレオニーの練習に秘密で付き合っていたからだ。彼女は宮廷式に踊るのは苦手だと公言していたがそれでもやはり将来、子供や孫に若い頃本物の王子様と踊った、と自慢する為ディミトリを誘いたいのだという。それを何故クロードが知っているかというと人気のない所へ行きたがる二人を見て何かあるのではないかと勘ぐったからだ。
レオニーはクロードが采配を失敗したせいで独身のまま五年後、戦死してしまう。皆を生き残らせるにはどうしたら良いのだろうかと考えに考えたクロードは前夜祭の時に五年後、修道院に再び集まろうと提案してみた。卒業さえしてしまえば権限はクロードの手に戻る。自分一人で考えて失敗したのだから今度はそこで皆と集まり対帝国の戦略を練り直したい。そんな思惑が絡んだ提案だった。それなのに皆同窓会だと言って大はしゃぎで受け入れてくれた。五年後、べレスが見つかる前に皆で集まっていたらどんな展開になっていたのだろう。ローレンツは父であるグロスタール伯に逆らってデアドラに来てくれたかもしれないし皆きちんと降伏してくれたかもしれない。二度目の機会を与えられたクロードは取りこぼしたものの輝きや美しさを痛感している。あの時の自分は何故知ったつもりになっていたのだろうか。
舞踏会当日、レオニーの努力は実った。ディミトリと見事な踊りを見せたレオニーは会場を沸かせその光景を見たローレンツは嬉しそうに微笑んでいる。
「よう、ローレンツ先生」
「君に指導した覚えはないぞ」
ローレンツはクロードが持ってきた杯を傾け一気に空けた。
「ああ、良い夜だ。この先に艱難辛苦が待ち受けているのは承知だがそれは今晩には関係ない」
本当に良い夜だった。