憾 3分ほどの曲だが悔しさ、やり場のない怒り、無念さがこの曲には詰まっている。
「……」
長義はストリートピアノの前で足を止めた。鍵盤を力強く叩き、最後のフレーズを弾き終えてから国広は手を離した。水を飲んで息を整えてから視線に気付いたのか長義へ目を向ける。
「もうそんな時間か。演奏に夢中になってて気づかなかった」
国広は椅子から立った。
「さっきの曲……滝廉太郎のだよね? 死の数ヶ月前に作ったと言われている」
「よく知っているな」
「聴いたことがあったからね。憾というタイトルがつけられているけど怨念の類ではなく、志半ばで逝く無念さや悔しさが込められていて、聴くと切ない気持ちになる」
椅子に座り、長義は楽譜を譜面台に広げた。
「……何か、お前でも悩むことがあるのかな?」
「どうしてそう思う?」
「……悲しい音をしていた。山姥切国広のピアノは短調の曲でも音には芯があって、絶望の中に希望を見出すような、そんな音がすると俺は思っている。でも、さっきの演奏にはそれがなかった。悩みがあるなら、聞いてやらなくもないけど……。レッスンの礼として」
「あんた、俺のピアノが好きなんだな」
「そ、それは……」
長義は目を逸らした。
「まあ、今は好きか嫌いかは置いておいて。……実は、悩んでいることがあってな。俺の話を聞いて欲しい」
「それなら、聞いてやるよ」
長義は国広と目を合わせる。フッ、と国広は笑った。
「どうして笑うのかな?」
「条件をつけ忘れていたのを思い出してな」
「条件?」
「ああ。あんたが俺よりピアノを上手く弾けたら、悩みを話してやってもいい」
「何だよそれ……。俺の方が下手だと言いたいのかな?」
むっ、と不機嫌そうに頬を膨らませて長義は国広を睨む。
「去年のコンクールの結果を忘れたのか? 俺が1位であんたは――」
「そ、それ以上言うな!!」
長義は手を伸ばして国広の口を塞いだ。
「必ず1位、奪ってやるからその時に聞かせてもらう。お前の悩みが解決していないのなら」
「……わかった。その時には話してみてもいいかもしれないな。そうと決まれば早速始めるか。今日は悲愴の3楽章からやろう」
長義の手を離し、国広はいつも通りにピアノを教え始める。彼の態度が引っかかりながらも長義は指定された箇所を弾き始めた。