愛にあこがれる「愛とは何だと思う、坊主」
パチンパチンと剪定鋏を動かしながら一文字則宗は言った。
「えー? なにー?」
樹の反対側で同じく剪定鋏を操る加州清光が聞き返す。本日の畑当番である二振りは、桃の摘果作業を任されていた。より良い実を実らせるために、邪魔になるものを摘み取るのだ。
「何か言った?」
「愛とは何だろうなぁと」
「……それ今このタイミングで訊く?」
清光は一旦作業の手を止め、則宗のいる方を覗いた。「甲府でしてた話の続きなの?」その顔は訝しげだ。
「よく分かんないこと言って考えろってさ、刃生の課題みたいにしたのじじいだろ。まさかの途中経過も聞いてくるわけ?」
「そんなに重く受け止めてくれたか。嬉しいなぁ」
「別にじじいが言ったからじゃないし」
ニコニコと笑う則宗に「勘違いすんなよな」と定型句のような台詞を残して、清光は作業を再開した。まだ青い果実を手際よく落としていく。
「……で、なんで今そんなこと訊いたの」
「おや、聞いてくれるのか」
「なんにも理由がないならスルーするけど?」
パチン、パチンと鋏の音が沈黙を埋める。
「……熟す前に間引かれる果実を見て坊主は何を思うかと、気になっただけだ」
「なにそれ。そんなこと?」
「心を痛めているんじゃないかと」
「……んー、そーね」清光は思案した。一蹴されるかと思っていた則宗は少し驚きながら、続く言葉を待つ。
「全くの平気かっていうと、正直違うかな。ごめんねって思うし、残される実はいいなぁって思う」
「羨ましいのか?」
「立派な実になるの期待されて手を掛けてもらえてさー、憧れはするよね。まあ俺は自分の頑張り次第だけど。使ってもらえて……、それこそ愛してもらえるか、って」
中心にある実だけを残して他は切り落とされる。桃の実は生まれた場所によって運命がほぼ決まっているというわけだ。本丸で切磋琢磨する刀たちとは違う。
「でもさ、知ってる? この間引かれた実って、捨てられるんじゃないんだよ」
「ほう。そうなのか?」
「ジャムにすんの。あんまり甘くはないけど、熟した桃にはない美味しさがあるっていうか。俺はあれはあれで好き」
清光は体を傾けて顔を覗かせると、則宗に笑いかけた。
「それってさ、愛じゃない?」
則宗は睫毛をしばたかせる。ぱちぱちと数回そうした後、突然「うははは!」と声を上げて笑った。
「え、何。俺変なこと言った?」
「いや、愛だ! 落とされる実も残される実も、坊主も、確かに愛だ。僕もそう思うぞ!」
「じゃあなんで笑ってんの。気持ち悪いんだけど」
ゲンナリといった顔をしながら清光は作業に戻る。掴みきれないまま発言したことを笑われては、なんだか居心地が悪い。
一方則宗はというと、笑いの名残を抱えながら剪定鋏を持ち直した。
切り落とされる青い果実を哀れに思ったのは自分だった。それがどうだろう、この若い刀のたった一言と笑顔でこんなに心模様が変わるとは。
「いやあ愉快、愉快」
全部ひっくるめて愛なのだ、きっと。