韋駄天×女夢主2(韋駄天視点)「おはよう、マスター、姐さん」
「っ、おはよう、ごさまいますっ」
「おはようございます。向かい、良いですか?」
朝食のプレートを手に挨拶をすると、マスターからは肩をびくりと震わせながらの裏返った声での返事が返ってきた。
昨晩魔力供給をしてもらった時のあたふたしたマスターが脳裏に甦り、軽く笑ってしまう。
マスターも昨晩のことを思い出したのだろうか。頬を赤らめてもじもじとしているのが面白い。朝からそんなんじゃ1日保たないんじゃないか?
正面の席を取り、マスターの様子を眺めながら、朝食と会話を楽しむのだった。
ふむ、これはマスターとコミュニケーションを深める良い機会かもしれない。
マスターのサーヴァントとして召喚されてから、戦闘で重宝されているのは十分に感じている。
が、マスターはどこか俺を避けている節がある。姐さんとはまるで姉妹のように共に行動し、先生のことも師であるかのように慕っているのに、だ。 俺に自覚がないだけで、何か嫌われるようなことでもしたのだろうかと訝しんだりもしたが。
昨晩、何となくではあるが、察した。マスターは根本的に異性が苦手なのだろうと。昨晩の一連の取り乱し様を見せ付けられたら、そうとしか思えなくなった。
俺がダメで、先生は許容である差は――なんつーか、落ち着き具合というか、先生がマスターに対しても「先生」らしいからだろう。そこは仕方ないな、先生だし。
ということで、俺は俺なりの方法でマスターとの距離を縮めることにした。
戦闘後に、今の指示良かったぜ、なんて誉めながらマスターの頭を撫で回したり。背中とか肩をぽんぽん叩いたり。時にマスターを軽くからかってみたり。
いやだって、慌てまくってしどろもどろなマスターは、見ていて本当に面白いし和むし可愛いんだ。普段大人しくしているから特に。
魔力供給とパスの強化も、あれから毎日のようにさせてもらっている。というかまあ、俺が茶菓子を携えてマスターの部屋を訪問しているんだが。
魔力供給自体は、互いに慣れてきたのもあってスムーズに運ぶようになった。
魔力供給が終わったら、まあまあ茶菓子でも、という流れを作り、マスターの部屋に暫く居座ることに成功している。最近はマスターも旨い紅茶やコーヒーを揃えてくれている。いやまあ、マスターの手を煩わせるつもりはなかったんだがな。
さて、茶会ではカルデア内の世間話や戦闘関係の真面目な話の他に、気恥ずかしくも俺の生前の所謂英雄譚も披露したりしている。
己の戦いを語るのは、なんつーかナルシストってやつみたいな気がするが、マスターがとんでもなく興味深く耳を傾けてくるものだから――英霊とは、人々の願いや祈りで形作られる存在であるからには――応えねばならない。マスターに興味を持って貰えるのはサーヴァントとして嬉しい事だし、それに……目を輝かせる少女は可愛いものだ。
そう、マスターはマスターではあるし、カルデア職員でもあるんだが、少女なのである。テーブルを囲んで語らっていると、奥ゆかしい少女にしか見えない時がある。
しかしまあ、マスターに対して「ただの少女」呼ばわりをしては失礼でもあろう。何しろ彼女は歴とした魔術師であり、俺から見ればまだまだ途上のその人生は、一般人とは駆け離れた環境にあるのだから。
少女魔術師の、我がマスター。俺が、人理と共に護るべき相手。俺を召喚し、誰よりも頼りにし、尊敬もしてくれている彼女。その歩みを知りたいと思うのは普通だと思うのだが、カルデアに来る前の生活を尋ねてみると、彼女は驚き言葉を探った。
どうやら、「こんな小娘の人生を聞いて、大英雄は退屈ではないのか」とか不安がっているらしい。言葉の端々に自虐さが見え隠れしていた。
退屈なんて、そんなこと全く思ってないのにな……。
どうもマスターは自分に自信が無さ過ぎる。生真面目さ故なのか、名の知れ渡った英雄である俺達を従えているせいなのか分からないが。
俺は純粋に我がマスターを知りたいだけだ。その気持ちが伝わるように、真剣に話を聞くのだった。
マスターとの仲を順調に深めていっていた、とある夜。俺は夢を見た。
『ん、ぁ、アキレウス、さん……っ』
声の主はマスターだと分かる。分かるのだが、その声音は、常より高く縋るようなもので。
声を辿って見上げた先では、マスターが俺に跨がっていた。思わず視線をずらすと、俺達は揃って裸……だった。
――――!!
状況を認識した途端に、感覚すらまるで現実のように生まれてくる。
下半身の感覚を確認するのが、怖い。意識してはならない気がする。同様に、マスターの表情をはっきりと見てはいけない気もする。それは決定打になってしまう。
『、ん、アキレウスさん……!』
再び響くマスターの声音が、頭を撫でられてはにかむ時の声と表情を思い起こしてきて――
「っは……やっぱり、夢、か……」
危ない所だった……何つーか、滅茶苦茶色々とギリギリな……いや、アウトだっただろ、あの夢……。
頭の中では、マスターの声と情景が、霞がかった中にも連続して再生されているような状況だ。畜生、止まらねぇ……。
考えてはいけない気がするのに、夢を分析しようとする自分もいる。あれは……俺の深層心理だったのか?
――いや、あれはどちらかと云うと、マスターの…………だろう。
いや――待て。それだと、つまり、
「マスターは俺のことが好きなのか……?」
翌日。俺はケイローン先生の部屋に相談に訪れていた。姐さんにも声を掛けて着いてきてもらっている。ちなみにマスターはフジマル達とマスターミーティングの時間だ。
「それで、相談とは一体何だ」
「大体察していますが、まあまずは話してみなさい」
「じゃあ言うけどな。――マスターは俺のことが好きなのか?」
「って、何で二人揃って盛大に溜め息吐くんだよ!」
「いえ……だって、こちらとしては今更……な気分なんですよ」
「ようやく気付いたか。いや、マスターからしたら、気付かれては困ることだったのだが」
「つまり二人共知っていて隠していたと……? ちょっと酷くないか?」
当事者のはずなのに仲間外れにされていた。俺としてはそんな悲しい状況だというのに、二人は悪びれた様子もない。
「そういえば、どうして気付いたのですか?」
「あ――、マスターに、その……告白される夢を見て……」
見たものをそのまま言ってはまずい予感がしたから、慌てて誤魔化す。先生の剣呑な目が怖ぇ……。
「それで、まさかマスターに手を出そうと言うのではないだろうな? 合意無き行為でマスターを泣かせたら許さんぞ」
姐さんまで目が怪しく光っていやがる。オルタ化しちまうぞ、どうどう……。
「俺はただ、純粋に疑問を抱いたから、同チームのよしみで二人に訊いただけだ。流石にマスターをどうこうする気はねえよ」
――とは言ったものの。
マスターと合意の上でならシても良いのでは?
とか思っている俺である。
マスターからの好意が判明したからといって、無理に何かする気はないと弁明し、二人が納得してくれて会議は解散、となった訳だが。
実は――シてみたいと思ってしまったのだ、マスターと。
いやいやいや、当初からそんな下心を抱いて魔力供給に臨んでいた訳じゃねえぞ!
昨晩の夢がきっかけとなって、自然と、心に浮かんできたのである。
だって、マスターは俺のことが好きなんだろ? なら、あんな魔力供給よりも、もっと本格的な――やり方の方が、マスターにとっても好ましいのではないか。
二人に何と言われようが、マスターが望めば、合意の上でなら。何ら問題ないだろう。
ということで、その晩の魔力供給にて。
魔力を流し終え俺の背から離れていこうとするマスターの手に己のそれを重ね、
「マスターは、俺のことが好きなのか?」
尋ねてみた。無論、後ろのマスターを振り仰いだりはしていない。
さて、マスターはまた百面相をしているに違いない。マスターからの返答が来るまでは、このまま大人しく待つか――
「え、えええええ!!!!!?」
マスターの口から叫び声が上がるのと、俺の手が振り払われるのは、ほぼ同時だった。
「はっ、すっすすすすみません……!!」
慌てて謝ってくるマスターの声がやたら遠くから聞こえるのは、また凄まじいスピードで後退したからだろう。相変わらず回避運動は素早くて良いことだが……。
ううむ……しかし何というか、こうも離れた距離で尋ねることではない気がする。ということで、俺はマスターを追うことにした。
「すまん、また突然で。というか、こればっかりはどう言っても突然になるよな」
「ひえっ、あのっ、だからっ、なんでっ、追ってくるんですかあ!!?」
腰が抜けてるんじゃないかという状態で、必死に壁伝いに逃げ回るマスター。おいおい、無理するなよ。
マスターを怖がらせないように、ゆっくりと距離を詰めていき――部屋の角に追い詰める形になった。
うずくまってしまったマスターの前に立ち、とりあえずこれ以上逃がさぬようにと両手を壁に着いてみる。
「なあマスター、俺のことを男として好きなのか?」
改めて問うてみても、マスターは口を噤んだまま。
ううむ、上から見下ろしているのが高圧的でいけないだろうか。マスターと目線を合わせるようにしゃがんでみよう。
両手を壁に着いたままだと、結構近距離になっちまうな……。
「マスター」
呼び掛ければ、素直なマスターは俺から目を逸らすこともできなくなった。
「マスターが俺のことを好きなら、俺はマスターと、もっと別の方法で魔力供給をしたいんだが」
マスターは俺が何を求めているのか、困惑しているのかもしれない。それで答え難くて逃げ惑っているのかも。
「って、具体的に言わないと伝わらないよな。俺はマスターとキスやセックスをしたい。マスターが俺のことを好きなら、その方法の方が魔力供給の効率も良くて良いと思うんだが」
「キス……セッ…………!!!?」
それまでぽかんとしていたマスターは、ようやく息を飲むように言葉を発してくれた。
いつもの百面相を暫しした後、
「あきっアキレウスさんは私としたい……?????」
未だ混乱の渦中にいるような疑問符だらけの声で訊き返してきた。
「ああ、俺はマスターとキスやセックスをしてみたい」
ゆっくりと穏やかに返事をしてみたつもりだが。マスターの混乱は解けるどころか、ますます深くなるばかりのようだった。
とはいえ、俺もここで引く訳にもいかない。
「マスターが俺のことを好きなら、シても構わないだろ?」
マスターに俺の真剣さと真摯さが伝わるように。
「マスター?」
尚も百面相を繰り返し回答をくれないマスターに、今度は伺いを立てるように優しく声を掛けてみる。瞳は逸らさず、しかし視線が厳しくならないように注意する。
見開かれたマスターの瞳に、俺が写っている。
ああ、無垢で、綺麗な、澄みきった瞳だ。
吸い込まれるようで、思わず顔を近付けてしまい――ー
「ッッッッ、だめっだめです――――!!!」
マスターの渾身の叫びと同時に、頭突きが飛んできた!
「ッ、て……」
これは流石に避けれなかったし、結構びっくりした。
「って、マスター!?」
俺に頭突きをかましたまま倒れゆくマスターの肩を掴む。
「マスター、大丈夫か? 気絶してるか……」
マスターを支えて暫し途方に暮れるが、すぐには起きなさそうだ。
「……うし、仕方無いよな」
とりあえず、マスターを横抱きにしてベッドへ運ぶ。戦闘時以外にこんなに触れるのは初めてで、少し背徳感がある。
「っていうか、上半身裸だったな……」
マスターが自分の服を手にしていてくれたお陰で、運ぶ際素肌に触れるのは最小限で済んだが。
すまん、マスター。
届きはしないが、誠心誠意の謝罪をしてから、どうにかこうにかして服を着させた。膨らみや下着には目をやらないようにしたし、触れずにできたはずだ。さっきは色々主張したが、俺とて弁えているし、卑怯な事はしない。
「結局、マスターの答えは訊けなかったな……すまないな、無理させて」
掛け布団を掛け、今や健やかに眠るマスターの頭をくしゃりと撫で、静かに退室するのだった。