とっておきを、君に ――昼の苦手なすすきのに、一軒の萎びた……いや失礼、一軒のオーセンティック・バーがあるのを知っているか。
賑わう横長のカウンターに腰掛けた男がひとり、得意の語り口でそう切り出す。艶やかな黒髪、どこか他人を冷やかすような色気のある笑み。
向かいに立っていた初老のロマンスグレーは、競合店の話を堂々とする無配慮な客を叱りもせずに、静かにその話に耳を傾けている。
「いいや、知らん」
そしてその問いに対しにべもない答えを返したのは、黒髪の隣に座る金髪の男だった。
「そもそも俺はこの土地に来るのすら初めてなもんでな」
すらりとした身形を包むシンプルな黒のロングジャケット、その胸元には人目を引く大きな鏡をモチーフにした首飾り。
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