【昔のこと】 褒美をくれと従者は遠回しにそう言った。これまでの四百年、地獄の劣悪な労働環境に文句のひとつも漏らさずに付き従った男が直接的ではないにせよこのようなことを口にするのははじめてだった。突然どうしたのだと問えば狼男は自虐的に笑う。
「元々報酬次第で動く男ですよ、私は」
傭兵時代、高額の報酬で暴君ヴァルバトーゼの殺害を謀ったことを彼は暗に指し示した。
「と、言っても今の俺から渡せる褒美など──」
イワシ、は少なくとも正解ではなさそうだと恭しく傅く男を見て言い淀む。フェンリッヒは頭を下げたまま返事をしない。名を呼び、顔を上げるよう命令すれば何か眩しいものでも目にするようにこちらを仰ぎ見た。かつて月光の牙と呼ばれた男が今望むもの。それは報酬などではない。微かに揺らぐ琥珀色の瞳が求めるのは恐らく、許し。そしてその先に倒錯的な「罰」を期待していることも同時に悟る。
「"それ"でお前の気は済むのだろうな?」
「ええ、今日のところはそうでしょうね」
「……お前なあ」
我がシモベは控え目なようでいて実のところしたたかだ。時折見せる子どものような一面も何故だろうか、憎めない。それどころか好ましいとすら感じるのだ。
やれやれと屈み込み、目線を合わせると狼男の肩へ腕をまわす。そのまま真正面から抱き寄せると狼男は面食らったような顔をした。衣服越しにも伝わってくる他者の鼓動が新鮮で心地良かった。
「ヴァル様?」
「俺は神父ではないのでな。お前を許してやることは叶わない」
フェンリッヒの包帯をゆっくりとほどき、その首筋に烙印を与える。口を離せば鬱血痕が痛々しく褐色の肌に焼き付いた。小さく喘いだ狼男をそのまま床へと押し倒せば鍛えられた身体が僅かに強張るのが分かった。瞳の琥珀が濁り、物欲しそうに俺を見詰める。
「代わりに『罰』を与えよう。だからもう、忘れてくれ。そんな昔、昔のこと」