【キスと香辛料】 薄く結露した窓ガラスが室内外の温度差を知らしめる。落書きでもしようかと指の先がしばらく宙を彷徨ったが、結局その手は何を描くことなくカーテンを閉めた。
「今日は一段と冷えるな……」
ソファに腰掛け、くたびれたブランケットを手繰り寄せた狼男。その膝にまるで飼い猫のように飛び乗りハイドは笑った。
「私で暖をとるといい」
頬をすり寄せじゃれつく膝の上の存在を無邪気な子どものように思ったのも束の間、その考えをガラは自分自身で否定する。子どもからアルコールの匂いなどしてたまるものか。
「……また飲んで来たな?」
「用心棒を雇わないとならなくなるまでは飲んでいないさ」
けらけらと笑うハイドは上機嫌にガラの頭を撫でた。呆れた奴だと息を吐いたガラは、しかし、同時にアルコールとは別の香りが鼻腔をくすぐることに気が付いた。柑橘、カルダモン、ローズマリー……そして実に好ましいジンジャーの。それらを嗅ぎ分けるだけの嗅覚が人狼という種族には備わっていた。
「ハイド、お前さん何飲んだ?」
「寒いからな。屋台でグリューワインを」
ぽかぽかと心地良い温度を内包した吸血鬼。気温の低い冬の夜、ガラは温もり欲しさに恋人を抱き締める。身体を寄せれば一層、スパイスのぱちぱちと弾ける香りを間近に感じた。ハイドの纏うどのフレグランスよりも落ち着く、好ましい香り。
「ああ、どうりで温かいわけだ」
軽くあしらわれるとばかり思っていた吸血鬼は突然の抱擁に驚き、僅かにその頬を紅潮させた。
「いつもは酒臭いと顔をしかめるくせに」
照れ隠しするようにハイドは狼男の唇を喰む。狼男は恋人からやや強引になされる香辛料のキスをそのままに受け入れた。