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    遭難者

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    遭難者

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    阿湘と阿絮の会話。(注:35話以降です)
    阿絮は阿湘にずいぶんとおじさんな行動を働いていた気がするけど、二人の会話好きだったなぁ…

    #山河令
    mountainAndRiverOrder
    #温周
    temperatureMeasurement

    ──────────────────────────────


    「癆病鬼、癆病鬼!」

    「阿湘?」

    「やっと気付いた癆病…じゃなかった、子舒哥!あのね、哥に伝えて欲しいことがあるの!暫くこっちに来なくていいって、そう言っておいてくれない?」


    久しぶりに見た美しく愛らしい顔が見上げてくる。言葉遣いは困ったものだが、やっぱり阿湘は美人で目の保養だ。

    ところで哥とは?俺のことか?いや、俺が俺に伝えるとはどうもおかしい。これは…


    「老温に伝えるのか?」

    「そう!知らなかった家族にも会えたし、曹大哥の師叔とも会えて意外と賑やかなの、だから暫く来なくていいわ!」

    「阿湘…」

    「はじめはね、哥も来てくれたらいいなと思ったんだけど、そっちにいた方がいいと思うの、だって子舒哥がいたらこっちに来たところでずっとそっちのこと気にかかってソワソワするのよ?慰めるの大変じゃない?!それにこっちに来たら曹大哥に色々小言も言いそうだしね!」

    何だかひどい言われようだが、わからないでもなくて思わず吹き出しそうになる。


    「だから…癆病…周大伯?っあぁ面倒臭い!短い間にコロコロ変わるんだもんまったく!」


    会えなくなってしまった時のことなど忘れそうなほど、出会ってからずっとあったその明るさを見ると心が和んで温かくなる。この子は、本当にもうこの世にいないのだろうか…


    「子舒哥…。哥のことお願いね。」

    「……。」

    「寂しがり屋だし、怖がりなのよ意外と…昔ね…」


    明るい笑顔の中に少し寂しそうな彼女がいた。
    ぽつぽつと目の前にいない者と過ごした長い時を教えてくれる。


    「昔、怖い場所や暗い道を歩く時は私の手をねこうぎゅうっと握ってくれてたの、最初は私を守ってくれてるんだと思ってたけど、途中で気付いたのよ!これは哥が怖いんだって!それにねっ」

    少しだけ寂しそうだった彼女はあれやこれやと幼かった頃の話しながら徐々にいつもの元気を取り戻していく、老温からは聞かない話を何だか不思議な気分で聞いていた。


    「何だか、ふたりの長い時間が羨ましい。」

    「あらぁ嫉妬?そりゃあ長いからね!癆病鬼が知らないことだってたくさん知ってるにきまってるわ!」


    自慢気に腕を組んで顎を上げる。


    「けど、時間だけじゃないことは私が一番知ってるんだからね!それに、ふたりはこれからもっともっと永いこと一緒にいるんでしょ?…だから本当に…お願いね。」

    「うん。」


    瞳を僅かに潤ませながら、にっこりと眩しい笑顔を見せてくれる。


    「阿湘」


    聞き覚えのある優しい声が彼女を呼んだ。
    阿湘は声に振り返り、迷いなく駆け出した。手を取り微笑み合うふたりの腕に、紅が光る。
    彼女を呼んだ声の主は此方に深々と頭を下げた。


    「阿湘を…守りきれなくてごめんなさい。でも、ずっと側に居ます。何があっても。」

    「癆病鬼!またいつかね!」






    阿湘が笑顔で手を振っていた。









    「……絮っ…………阿絮!」


    目を開けると、大声で名前を呼ぶ男の白髪が揺れていた。
    妙な夢を見たせいで頭の中がぼやぼやと膜がかかったようではっきりとしない。


    「……老温?」

    「よかった。起きないから何事かと思ったよ…おどかさないで…」

    「お前、阿湘に『哥』て呼ばれてたっけ?」

    「え……何で…」


    一度落ち着きを取り戻した瞳が再び見開かれる。
    あれは、夢ではなかったのだろうか…


    驚く彼に夢での阿湘との会話を伝える。全てを伝えてはいないけれど、彼女が伝えて欲しいと言ったところは言葉を間違えないように伝えた。


    「何で僕のところじゃないんだ?」

    「老温…」

    「ひどいじゃないか、伝えるなら直接来ればいいのに。」


    阿湘がなぜ自分のところにやってきたのか不思議だった。彼女だって兄に会いたかったはずなのにどうしてだろうと思ったが、目の前の老温の様子を見ると少しだけわかった気がした。



    「お前のところに行ってたら、夢の中で笑って、ひとりで泣いて、起きたら笑顔で隠すんだろ?」


    今にも泣き出しそうな瞳をなぞり、頬に手を添える。


    「こんな顔、俺に見せてくれたか?」

    「……」

    「だから俺のところだった。」


    彼が両親のことを思う時、きっとそこには阿湘が近くに居てくれた。
    失うその痛みは、自分も知っている。だから何かで埋めることも癒えることもないことも知っている。
    けれどその傷と向き合う時に誰が隣に居るのと居ないのとでは随分と違うんだ。
    痛みが軽くなるわけではないけれど、苦しいのは変わらなけれど、何度も立ち上がったとしてもまた痛みは幾度となく蘇ってくるけれど、それでも明日を見てみたいと思える。俺にそれを教えてくれたのは……


    添えた手で軽く頬をつねる。


    つねられて僅かに歪んだ顔が涙をいっぱい貯めたまま、唇を震わせながら少しだけ、ほんの少しだけ微笑んだ。

    そっと引き寄せると、背中に回された手は衣を強く握り、肩は小さく震えていた。










    。。。。。
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