シャワーの滝で泡が流れ落ちていく。視界を塞ぐ髪先が煩わしく、漣は前髪をかきあげた。タケルの家の浴室、その鏡の中で銀髪からぼたぼたと雫が垂れる。髪の色は父親譲りなのか、それとも姿も見たことの無い母親も銀髪だったのか、漣は知らないし別に知りたいとも思わない。アイドルになってから、この長い髪は漣の一種のトレードマークでもあった。激しいダンスやアクションで揺れて翻り、しかし誰にも捕まえさせない。本人を現したようなその髪を、漣はメイク室ですら容易に他人には触らせない。
ブン、と頭を振って水滴を飛ばす。浴室から出て、脱衣場には着替えは置いていなかった。それもそのはずで、玄関に足を踏み入れてすぐにタケルから「早くシャワー浴びてこい」と風呂場へ押し込まれたので着替えを取りにいく暇がなかった。着ていた服は洗濯機に放り込んでしまった。まあいいか、と漣は全身を雑に拭いたバスタオルを腰に巻き付ける。
今夜のタケルはなんだか様子が変だった。シャワーだってあんなに急かされたことは今までにない。奢りだからとしぶしぶ付き合わされた打ち上げの居酒屋での匂いが移ったのだろうか。もちろん漣自身は飲んでも吸ってもいないけれど、隣りの席の共演者は酒もタバコも進んでいた。飯も不味かったし行かなきゃよかった、と思い出してうんざりしながら漣は自分の髪をスンと嗅いでみる。わずかにシャンプーの香りがするだけなのを確かめて、少し安心する。
他人には触らせない髪だが、近頃はちょっとだけ例外ができた。この家で風呂を借りるたび「ちゃんと乾かせ」とうるさく言ってくるタケルに髪を乾かせるのが、漣の気に入りになっている。ドライヤーのごうごうする音は好きではないが、いやに丁寧に漣の髪に触れてくるタケルの手つきは悪くなかった。いつも念入りすぎるくらいに漣の髪をしっかり乾かしてふわふわにしては満足気に頭を撫でてくる。多分、タケルもこの行為が気に入っているのだろうと漣は推測している。乾かせ、とは言ってくるが本当に漣が自分ひとりでドライヤーをかけたら残念がるに違いない。だからこれは、漣からタケルに“させてやる”という施しなのだ、と、意気揚々と今日も漣は濡れた髪のままタケルのいる居間へ戻る。

「おいチビ！ オレ様の着替え…」
「遅い」

飛びかかるように押し倒されて、床に受け身をとる。一瞬で唇が奪われた。文句を言う隙も与えられない。あまりの性急さに呆気にとられている内にタケルの手が漣の顔を両側から包み、耳を塞いだ。ぐちゅぐちゅと頭に響く深いキスの音が漣の理性を削いでいく。

「…、は、何……？ なんか、あったのかよ」
「べつに、なにも」

やっとできた息継ぎの合間に尋ねてみても、タケルから確かな答えは返ってこない。ただ情欲にギラついた瞳がまっすぐに漣を、漣だけを見据えている。その視線だけで体温が上がるのを自覚しつつ、漣はカラカラに乾いた喉を振り絞った。

「……オレ様…髪、まだ……乾いてねェ、けど」
「悪い。もう、待ってやれない」

切羽詰まった様子のタケルに、自然と口角が上がる。漣はもう、なんでも許してやってもいいような気分になった。タケルにゆっくりとドライヤーをかけてもらうのと同じくらい、タケルに余裕なく求められるのを嬉しいと感じている。
返事の代わりに足を絡めて膝でタケルの腰を撫でた。首元にまとわりついた濡れ髪を掻き分けるようにして、タケルの口づけが降ってくる。
終わった後、もう一度シャワーを浴びたら今度こそ髪を乾かせてやろう。そう、漣は企んで、いつもより少しせっかちなタケルの愛撫に身を委ねた。