わたしと彼は宇宙人 19××年、宇宙人が地球に降り立った。
当時、新聞では毎日号外が出たし、ニュースもワイドショーも宇宙人ネタ一色になり、ネットは乱舞狂気した。今ではだいぶ落ち着いて小学校の教科書にも、宇宙人とアメリカ大統領が握手する記述が写真付きで載っている。
だがしかし。本当のところはおよそ千年ほど前から、宇宙人は秘密裏に地球に来ていたし、地球人と交流を深めていた。公表する準備ができたというのが、19××年だったというだけの話だ。
宇宙人に友好的な国もあれば、排他的な国もある。
友好国のなかでも、最も宇宙人に人気な国が日本だった。なにせ平和で、人々は温和。料理もおいしく、四季折々が楽しめる。
というわけで、宇宙人・花垣武道が居住地に選んだのは、日本だった。なにせ弱小宇宙人である。ちょっぴり寿命が長く、ちょっぴり治癒能力が高く、まれに超能力があるだけの、なんなら地球人より弱い、ヨワヨワ宇宙人なのである。平和バンザイ。
弱小すぎて「えっ、タケミチって宇宙人だったっけ? 冗談だろ」と言われる始末である。テレビに映る宇宙人は印象制御をしているために、よりすぐりの美形である。ほか有名どころも戦闘星人だとか、目が四つあったり羽が生えていたり特殊外見をしていることもあって、花垣はすっかりと市井に紛れ込んでいた。なんなら自分でも宇宙人であることを、忘れていたくらいである。
そんな消極的宇宙人である花垣だったが、さすがに九井一の登場に目を見張った。
「九井一族じゃん! しかも一ってことは長男じゃん!」
ちなみに地球において、宇宙人名は地球語に統一されている。なぜなら地球人には発音できないことが多かったからである。
話を元に戻すが、九井一族は宇宙でも有名な一族だった。某国の政治を牛耳り破滅に追い込んだとか、某王族を傀儡にして裏から操っているだとか、宇宙各所にある巨大カジノには九井一族が噛んでいるともっぱら悪い噂ばかりである。さすがに直系ではなく傍系だろうが、それにしてもこんな僻地で九井の名を聞くとは思わなかった。
やりかたがえげつないと悪名高き九井一族だが、血族の結束は固く、自らの伴侶に対しては情熱的だった。
なにしろ、生涯で伴侶はたったひとり。
浮気はしない。再婚もしない。たったひとりに尽くすのだ。
情熱的であると受け止めるか、愛が重いと受け取るかは、個人差だろう。ともかく。
「挨拶はしておいた方がいいかな~。う~んでも九井か~、性格悪そうだよな~……」
花垣はきわめて消極的な宇宙人だった。
「え……花垣って宇宙人だったの……?」
「ええ~……オレがココくんと会ってから、二年以上たちますよね……」
「悪い悪い。あんまりにも平凡でさ」
口が悪い、と思ったが、一族のほとんどが行政か金融にかかわる九井一族だ。よく言えば聡明、悪く言えば狡猾で知られている。この九井も齢十三の時に四千万を稼いだというが、九井一族ならば珍しい話ではない。端正な顔立ちと知能の高さは宇宙人たる証である。
一方の花垣は平均的な顔立ちで知能も、地球人並みである。
「だからこそひいじいちゃんが地球調査を任されたんですけどね」
「ふーん。能力は?」
「寿命が百二十歳くらいなのと、治癒能力が高いくらいですかね。たいていの怪我なら三日くらいで治ります」
「おっそ」
「即座に治ったら地球外生物ってバレちゃうじゃないですか。三日くらいで治るのが誤魔化すのにちょうどいいんですよ」
「タイムリープもオマエの能力?」
「それはよくわかんないです。ふつうは能力に目覚めるのは未成年のうちなんですけど」
聞いておきながら九井はさして興味がなさそうだ。彼にとっては乾を待つ間の雑談なのだろう。D&Dのスタッフである乾は仕事中で、終わったらご飯でも食べに行こうと誘われている。乾の仕事が終わるのはあと十分程で、それまでスタッフルームでたむろしているところだ。
「ところで九井くんはなぜ地球に来たんです?」
「あー……嫁探し」
「なるほど、そうだったんですね」
謀略うずまく財政界の中心にいることがおおい九井一族は、伴侶に癒しを求めることが多い。戦闘民族などもってのほか。おっとりとした気質の××一族や○○族などを伴侶に迎えることが多い。同族結婚はほとんどないのに、なぜか子息は九井一族の血を強く受け継ぐのが恐ろしい。
ともかく、平穏な地球でも穏やかと評判の日本にやって来たというのは納得できた。
「よかったじゃないですか」
「よかねぇよ。初恋の人には死なれるし」
「え。乾赤音さんですよね」
「あ?」
「あの人、宇宙人ですよ。死ぬわけないじゃないですか」
「は?」
九井はぽかんと口を開けた。
「は?」
「だから、宇宙人ですよ。乾赤音さん。乾一族のグレートマザーですよね。一億年くらい生きてますよ、あの人」
「……え、ちょっと待て。乾一族のグレートマザーって」
「はい。乾一族の能力といえば魅惑、つまりチャームですけど、グレートマザーはとびぬけてるみたいで、どんなに少なく見積もっても千人以上子供を産んでます。ときどき名前は変えているみたいですけど、世界各国でその名を残している伝説の人ですよ」
チャームに心当たりがある……、と胸を抑える九井に、花垣は同情と憧憬のまなざしを向ける。
「ココくんが一目惚れしちゃうくらい、すごい美人なんですか?」
「いや、どっちかっていうと、かわいくてほっとけない系」
「千人も子供がいるのに、かわいい系なんですね。すごいな」
「え、ちょっと待って。じゃあ、赤音さんは生きてる……? 火事に巻き込まれて死んだはずなんだけど……?」
「乾赤音は生きてますね。19××年以前の居住宇宙人は、定期的に死んだことにしますから」
「はぁあああああ?」
「ココくん、もしかして宇宙人コミュニティに入ってないんですか? 情報を手に入れるために、入ったほうがいいですよ?」
「え、イヌピーは? イヌピーも乾一族ってこと?」
「そうなりますね」
宇宙人仲間として話しかけてみたところ、乾はまったくなんにも知らなかった。家族のことになると乾の表情は途端に曇ったので、なんらかの事情がありそうだなと、それ以上を聞かなかった。まさか乾赤音が火事で死んだことになっていただなんて、花垣は知らなかったのだ。ちゃんと話を聞いておけばよかったと後悔する。
「イヌピーの両親が宇宙人ってことか? そうは見えなかったけど」
「オレはご両親を知らないので、なんとも言えないんですけど。あ、ちょっと待ってください。そういうのに詳しい宇宙人の友達がいるんで、聞いてみますね」
花垣はスマホを取り出して、グループラインに質問する。いまどきは宇宙人もラインをする時代なのだ。
「イヌピーくんは赤音さんの息子さんですね」
「むすこ」
「えーと。赤音さんは全身火傷を負ったものの、一日で治癒。これを機に死んだことにしようと病院に亡骸を残し、赤音さん本人はホテルに移動したところ、地球遊学に来ていた××族の王族にひとめぼれされて、そのまま結婚。いまは双子と年子の子育て中みたいです。イヌピーくんに説明する暇がないほど忙しかったんですね」
ちなみに乾夫婦はなにも知らぬ地球人の養父母である。乾赤音がいなくなり、つまりチャームの効果が切れ、鬱状態になってしまったのだろう。チャーム後の鬱状態はかなりひどいと聞くので、乾赤音喪失後の乾夫婦が冷たくなったのはおそらくその影響である。
「赤音さんンンンン」
「どうやら赤音さんはフォローは苦手な人みたいですね」
「……たしかに赤音さんはそういう人だった」
グレートマザー乾赤音の話はこのあたりで終わりにするとして。
「え。じゃあ、イヌピーは宇宙人なの?」
「地球生まれではありますけど、そうですね」
「え。じゃあ、オレがお嫁さんにしてもいいの?」
「いいんじゃないですかね」
九井一族は愛情の深い一族である。悪く言えば執念深い。九井一族ときたら、女だろうと男だろうと卵子と精子のどちらかさえあれば、どうにかして孕ませる。子を孕ませることに関しては、宇宙で一二位を争う生存率抜群の一族なのである。幸いにして九井一族の多くは一子、多くて二子である。多産の一族であれば宇宙に九井一族が溢れかえっていただろう。
九井がはっと顔をあげる。
「じゃあ、イヌピーは長生きする……?」
「父親は地球人みたいですけど、乾赤音の子供の平均から言って、少なくとも300年くらいは生きるんじゃないですか」
どうやら九井が案じていたのは、異星間結婚における寿命の差らしい。ちなみに九井一族の平均寿命は500歳である。
そんな話をしている間に、時刻は十八時となり、客の姿も消えD&Dはめでたく営業終了である。「ココ、花垣、またせたな」と現れた乾に九井はプロポーズをした。
「イヌピー! オレと結婚して!」
「え、いいけど?」
素晴らしいほどの即答である。乾の人となりをそれなりに知っている花垣は、予想していたが、すこし呆れる。
「いや、ちょっとは説明を聞いたほうがいいと思いますけど」
人のいい宇宙人である花垣は苦笑いしつつ「お幸せに」とふたりの宇宙人の結婚を喜んだ。
乾が一族の能力であるチャームについて「ココはオレの魅惑にかかっているだけなんじゃないか」と疑ったり、 一族のグレートマザー乾赤音や異父兄弟たちが現れたり、九井一族の陰謀に巻き込まれたりするのはまた別の話である。