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    somakusanao

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    somakusanao

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    年に二回のココイヌ同人頒布会に九井が参加する話です。

    #ココイヌ
    cocoInu

    ココイヌマーケット 某月某日。今日は待ちに待ったココイヌマーケットの日だ。異空間であらゆる世界軸の九井一がココイヌ本を発行する日である。なんだそれはと言われても、そうなのだとしか言いようがない。九井だって最初は目を疑った。
     

     ある日、九井が目覚めると、ホテルの宴会場の前に立っていた。ああ、なんだ、夢か、と思った。なぜなら目の前を、離別したはずの乾青宗が通り過ぎていったからだ。あれはたしかに乾に間違いはない。乾ではあるが、長髪で、年上のようだった。九井が想像した乾の成長像そのままだった。
     イヌピーは成長したら、あんな風にきれいになるだな…。
     現実の乾とは別れたが、夢の中でなら追いかけていってもいいだろう。九井はふらふらと乾の後をついていった。
     ドアを開けると、そこには中学生くらいの乾がいた。懐かしの黒龍九代目の特攻服を着ている。九井はむせび泣きそうになった。その乾が掌を差し出した。

    「チケットを見せろ」
    「え?」
    「チケットだ。持っているだろう」

     ポケットを探ると、たしかにチケットがあった。第22回ココイヌマーケット。なんだそりゃ。
     
    「オマエ、ココイヌマーケットははじめてか?」
    「は?」
    「おーい。ココ」

     乾が呼びかけると、九井一が一斉に振り返った。全員オレだ。そしてイヌピーもたくさんいた。は? なにこれ。夢にしても破天荒すぎるだろ。

    「こいつはオレのココ」

     イヌピーに言ってほしい台詞ナンバーワンをさらりと口にした中学生の乾のとなりに、どや顔をした中学生の九井が立っている。そしてこの場所が「ココイヌマーケット」なる異空間であると説明をした。

    「ホテルの宴会場を借りて、九井が作ったココイヌ本を即売している。便宜上オレたちのことは中学生のココイヌと言ってくれ。あんたのことも便宜上新人九井と呼ばせてもらう。なにしろ全員九井だからな」
    「お、おう」
    「ココイヌ本と聞いただけだと分かりにくいだろうから、まずはオレのつくった本を見てくれ」

     中学生九井は新人九井を連れて、自分のスペースに引っ張っていった。
     そこには五冊ほどのココイヌ本が陳列されていた。なにしろタイトルにはっきり「ココイヌログ集5」と書いてあるので、ココイヌ本にまちがいない。見ろというので、一冊を手に取って読む。読んだ新人九井は天を仰いで呟いた。

    「あまりにも尊いしんどい解釈の一致ですありがとうございます」

     そして懐に手を入れようとして気づいた。財布がない。その動作で気づいたのだろう。中学生九井が言う。

    「ココイヌ本は金じゃ買えねぇ」
    「は?世の中カネだろ?」
    「ココイヌ本は金じゃ買えない。交換だ」

     交換。つまりココイヌ本が通貨と言うことか。新人九井は呻いた。たしかにこれはそれだけの価値がある。オレはココイヌ本を手に入れられないのかよ。血走った眼であたりのココイヌ本を見渡す。ぜんぶ欲しい。どうしても欲しい。新人九井に、中学生九井は頷いた。のちに聞いたところ、これは初めてココイヌマーケットにやってきた九井の通過儀礼らしい。

    「オマエもココイヌ本を作ればいい」
    「無理だ」
    「最初はレポートでいい。妄想でも、設定でも、将来の夢でも、なんでもいいから書け。そして印刷しろ。紙を折れば本だ」
    「な、なるほど!」

     中学生九井は新人九井をスペースを案内してくれたうえ、スマホはもちろんパソコンやiPad、レポート用紙などを持って来てくれた。会場の隅にはコピー機もある。書きおわったら、そこで刷ればいいと言った。
     開場まで三十分しかないと聞き、新人九井は死に物狂いでレポート「イヌピーの一日」を書き上げた。コピー機に持って行くと幹部乾がコピーを手伝ってくれた。幹部乾は短髪でスーツで、すさんだ雰囲気がある。長髪もいいけど、短髪もエロイな。チラチラ見ていると、幹部九井がやってきて「ガキがオレのイヌピーに色目使ってんじゃねぇよ」と連れて行ってしまった。コピー紙はとっくに出来上がっていた。
     スペースに戻るあいだ、新人九井は会場をじろじろと見て回った。
     十代目黒龍の乾。ツナギを着た乾。チャイナ服を着た乾に「どこからきたんですか」と聞けば、「オレは幹部軸のひとりだ。この服はコスプレ」と言われた。彼の九井が発行する同人誌はコスプレ写真集だった。コスプレ乾は「あとでスペースに来てくれよな」と言ってくれた。ぜったいに貰いに行きます。
     スペースに戻り、新人九井は中学生九井に訊ねた。中学生九井は中学生乾と共にココイヌマーケット最古参で、運営にも関わっているとのことだ。

    「オレとイヌピーはふたりで一組なんじゃないのか?」
    「片思いの間はオレしかいない。だからあそこの長髪のやつはひとりだろ」
     
     そう言って中学生九井は銀髪のマカオスーツの九井を指さした。他の九井はみな黒髪で、銀髪は彼ひとりである。しかも長髪のため、会場のなかで彼はかなり目立っていた。そう言われてみれば銀髪九井はスペースにひとりである。荒んだ様子で、目が座っているし、クマもひどい。そしてなにより、心なしか周囲から浮いている。おそらく気を使われているのだろう。
     そんなしんどいことってある……?

    「あいつの書く小説はいつも千ページ越えの超大作だ。今回も期待できるな」

     もちろん本は交換させていただいた。銀髪九井の出している本は拉致監禁小説本だった。
     


     夢かと思ったが、夢ではなかった。少なくともココイヌマーケットで手に入れた本は本物で、金庫にたいせつに保管してある。九井たちが出していたココイヌ本はどれもすばらしかった。レポートのコピー誌と交換だったことが申し訳ない。そこで九井は一念発起した。
     オレもココイヌ本を作ろう!
     どの世界軸の九井も、基本的に真面目であり、手先が器用で頭がいい。一回目はコピー誌でも、二回目以降は本を出す、五回目からは自立するくらい分厚い本を出す傾向にあった。新人九井もおなじルートをたどろうとしていた。
     まずは対策と傾向を練らなくては。そのために諸先輩方のココイヌ本を今一度読んでみよう。
     くりかえすが、九井は良くも悪くも真面目で几帳面で計画的で、そしてなにより乾青宗に対する執着があった。 
     中学生九井は漫画サークルである。さすが古参というべきか、安定した絵柄で、ちょっぴりえっちである。ありがとうございます。生足イヌピーは解釈の一致です。
     黒龍十代目九井も漫画サークルであるが、こちらは緻密な絵柄で、濃厚なストーリーがくりひろげられている。しんどみ尊い。コピー誌と交換してもらって、ほんとうにありがとうございます。
     幹部軸の九井はそのアダルトな外見にそぐわず、ほのぼのイラストサークルだった。グッズも全部頂いた。ありがとうございます。イヌピーしか勝たん。
     銀髪九井は……、周囲がカップルの中、おひとり様サークルで異様な雰囲気であったが、代表作は1000ページ越え前中後編からなる神本であった。マジであいつ神だった。次回作おまちしています。
     コスプレ写真集もあったし、考察本もあった。もちろんR18本もあった。19歳でよかったとこれほど感謝した日はない。グッズサークルもあった。概念アクセサリーは愛用している。そう、なんでもあるのだ。いったいオレはどんなココイヌ本をつくればいいのだろうか。
     とにかくイヌピーだ。そう、イヌピーだ。イヌピーを監視、げふんげふん、観察してみよう。そうだ。そこから始めよう。
     三度目になるが、九井一は真面目だった。悪い意味でも真面目だった。


     こうして九井の乾観察の日々が始まった。これはべつにイヌピーに会うための口実じゃないですし。ココイヌ本のための観察。ロケハン。下調べ。そういうものだ。
     それにしても、イヌピー、今日の夕飯もコンビニかよ。オレが一緒に住んでいたら、簡単な料理くらい作ってやるのに。ココイヌ料理本。これは梵天軸のやつが書いていたな。定番と言えば定番だが、うーん。
     ああ、イヌピー、今日も顔がいいぜ。そんじょそこらのアイドルよりよっぽど顔がいい。イヌピーアイドルパロ本。これはグッズサークルもあるし、写真集もあるし、漫画は二冊、小説は三冊ある。
     王道と言えばオメガバースか。イヌピーがオメガ。設定だけで一冊つくれそうだ。なんならちょっと書いてみたこともある。だがイヌピーはこんなこと言わねぇと解釈違いを起こして、ゴミ箱に捨ててしまった。
     そんなことをしている間にも、締め切りは刻々と近づいている。
     九井たちのココイヌ本は楽しみにしているが、それを手に入れるためには九井もココイヌ本を作らねばならないのだ。前回は初参加だったので、レポートコピー誌で免除してもらえたが、次こそは立派なココイヌ本を作りたい。自立するのは無理だとしても、せめてオンデマンドで発行したい。
     九井は真面目だった。
     コピー誌も立派な本である。どの九井たちも新人九井のコピー誌をたいそうありがたがり、「イヌピーの詳細な一日のレポート尊い」と呟いていたのだが、同人免疫のない九井に感想を受け取る余裕がなかったというだけのことだ。
     悶々と悩みながらも、九井の目は乾に注がれ「このコンビニを買い取って、イヌピー専用の手作り総菜を売り出そうかな」と呟いていた。銀髪九井の拉致監禁ココイヌ本の悪い影響であった。



     それが一か月前のことである。現実世界でもなんだかんだあったが、九井はココイヌ小説を書き上げ、入稿した。どういうわけか印刷所の入力項目にココイヌマーケットが存在していた。送り先を会場にしたのでに届いているはずである。細かいことは気にしてはいけない。ここはそういう世界なのだ。
     前日は早めに食事をとり風呂に入り就寝についた。すべてはココイヌマーケットで万全に過ごすためだ。
     満を持して九井が目を覚ますと、例のホテルの宴会場前、つまりココイヌマーケットに入り口だった。
     執筆者が全員九井である一方、スタッフは全員乾である。どの九井は真面目であるため、みな入稿を済ませているので、設営を済ませた九井たちはスタッフのサポートをしている。受付スタッフである中学生乾のとなりに中学生九井がいるのはそういうことだ。
     中学生の九井と乾に「チケットを拝見します」と言われる。中学生ではあるが、彼らは最古参であるため、運営もしているのだ。中学生九井がにやにやと笑っている。

    「新刊、スペースに届いていたぜ。頒布を楽しみにしている。どういう傾向の本を作ったんだ?」
    「ラブラブイチャイチャ本だよ」
    「そりゃそうだよな」

     中学生九井がにやにやしているのは、なにも新刊が楽しみなだけではない。新人九井の隣に乾がいるからだ。つまり九井と乾は両思いになったということだ。ココイヌマーケット初参加できょろきょろしている乾がはぐれないよう、しっかりと手をつないでいる。

    「前回は新人九井と呼ばれていたが、今回は二回目だからな。オレたちのことはマブ軸と呼んでくれ」
    「今まではオレたちが伝説のココイヌだったが、オマエらには負けるよ」
     
     中学生九井と乾、つまり図書館キッスのふたりだ。

    「いや、アンタたちはレジェンドのままだ。あの衝撃は越えられるものじゃない」
    「面と向かって言われると照れくさいな」

     何度言われても恥ずかしいものなのか、頭をかく中学生九井のとなりで中学生乾がそっぽをむいている。可愛いな、と脂下がると、手痛く小突かれた。

    「オレがいるのに浮気かよ」
    「えっ、いや、オレのイヌピーがいちばんだよ」

     などとおろおろしていると、うしろからどつかれた。銀髪の九井が「邪魔だ」と言う。たしかに言われた通り、通路の邪魔だった。慌てて道を退き「おつかれさまです」と言ったが、銀髪九井は睨んで行ってしまった。彼のスペースはひとめでわかる。段ボールが山積みになっているところだ。なにせ千ページ越えの超大作であるため、段ボールの数も多いのだ。

    「今回の新刊も1000ページの前後編拉致監禁本らしいだぜ。定番とはいえ、よくネタが続くよな」

     中学生九井がそっと囁いてくる。
     銀髪九井の本には常に拉致監禁がある。いつもハラハラするのだが、さいごはココイヌがむすばれる超大作だ。今回も神本にちがいない。

    「前回は勝手がわからないだろうから、オレたちで勝手にやったんだが、頒布前に身本誌を提出するんだ。一部本部に提出してくれ」

     わかったと了承して、マブ軸九井は乾と共にスペースに向かった。



     スペースに行くと、段ボールが届いていた。開封して感動する。まだ二十頁と薄いが、これがオレの本だ。抗争の後片付けに追われているなか、頑張った甲斐があった。ひとしきり感動していると、乾が「これがココが書いた本か」と覗き込んでくる。
     素晴らしい本になった自負はあるが、本人に見られるのは恥ずかしい。

    「すげぇな。なんかオレじゃないみたいだ。ココはオレのことを褒めすぎだ」
    「う、うん、そうかな」
    「ココはもっとかっこいいだろ。やさしい」
    「う、うん」
    「でもいい本だな。オレは好きだ」

     イヌピーはオレを殺す気か。
     隣の天竺九井が同情のまなざしを向け、「素数を数えろ」とアドバイスしてくれた。素数。素数ってなんだっけ。あっ、オレ、算数もできなくなってるわ。駄目だ。
     とりあえず冷静になるため、いったん一人になろう。「身本誌を届けにいってくれる?」と頼むと乾は了承してくれた。
     





     マブ軸乾が本部に身本誌を届けに行くと、中学生乾が受け取ってくれた。中学生九井の姿はない。どうしたのかを聞くと、搬入トラブルがあって、対応しているそうだ。九井はサークル主でスタッフではないのだが、九井が行ったほうが話が早いため、乾が残っているらしい。

    「これ、身本誌」
    「おー」
    「身本誌って誰に提出すんの」

     本を受け取った中学生乾がすこし笑う。

    「そりゃあいつに決まってんだろ。ココには隠してたけど、BL本好きだったし」
     
     そうだよな。本棚の後ろにたくさん隠してたもんな。乾が九井を友人だと紹介したときも、たいそうなはしゃぎっぷりだった。
     中学生乾曰く、だからココイヌマーケットは盆暮れらしい。

    「盆はわかるけど、正月にも帰ってくんの?」
    「正月は年神を迎え入れるっていうのが普通だけど、農作物の神様で先祖霊とも言われているらしい」
    「ふーん」
    「詳しいことは分かんねぇよ。まぁ、オレたちがなかよくしているかどうか、見守ってるってことなんじゃね」
     
     中学生乾が身本誌を封筒のなかに入れる。ポストにいれれば身本誌提出は終了らしい。

    「じゃあ、いつかあいつも成仏するのかな」
    「……あのココがむすばれたら、そういう日も来るのかもな」

     中学生九井が指をさした先にいたのは、あいかわらずすさんだ顔をしている銀髪九井だった。彼が搬入しているのは、鈍器のような拉致監禁本だ。拉致監禁しているうちは両思いは無理だろうな、とためいきをつく。
     
    「……まだしばらくココイヌマーケットは続きそうだな」


     
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