引き分けにもならない【マイバジ♀】「え、バジそれどうした」
「え?」
「爪先、赤くなってんじゃんぶつけたんか?」
ツーリングを終え、ブーツと靴下を脱ぎ捨ててソファに腰掛けたオレの裸足を見てマイキーが目を丸くする。じっと見つめられている爪先に目をやって、あ、とマイキーの言葉を理解した。
「これペディキュアな」
「ぺでぃきゅあ?」
「エマもやってねえ?足の爪にマニキュア塗るやつ。これやると爪割れづらくなるんだって」
「…あー」
言われてみれば、みたいな声を出すマイキーに、オレは脚を伸ばして爪先を突きつける。マイキーは首を傾げながらもオレの爪先から目を逸らさなかった。
「どしたんバジ」
「どう思うよ」
「え?」
「だから、これ見てよお」
「これって何」
「爪。赤いだろ」
「赤いな」
「感想それだけかよ」
「えー?」
マイキーの唇がへの字に歪み、オレの爪先とにらめっこを続ける。別に、ナゾナゾ出してるわけじゃねえんだけど。オレの意図に気付かないのは、意識してない、そういうことなんだろうな。
「これいつもやってるわけじゃねえんだぜ」
「へえ」
「今日、マイキーがツーリング行くぞっつったじゃん。2人で」
「うん」
「オレ楽しみでさ、そんで足の爪塗ったんだ。家寄ってけって言われなけりゃ見せる機会ないのに」
「オレも楽しみだったし、楽しかったな。また行こうぜ」
「おー。で、ここまで言って分からねえの?」
「何が?」
「だーかーらー」
見えないとこまで気合い入れてきたのオレは。言いながら足でマイキーの頭をぺしぺしと叩く。さすがに怒るかなと思っていたら、足首を掴まれた。マイキーはまた、爪先の赤をじっと見ている。
「マイキー、」
「オレの為?」
「え」
「オレのこと考えてこれ塗ったの?」
マイキーの目が爪先から外れてオレを捉えた。さっきまでの柔らかさが消えて、真剣な時の顔をしている。そういうところ、ふと出してくるのがずるいんだって。
「そーだよ」
「そっか」
なんだよ、オレだけ舞い上がってるみたいで嫌になる。掴まれたままの足首は引っ込めようとしてもびくともしない。マイキーは微かに頬を緩めたかと思うと、オレの足にべろりと舌を這わせた。ぬるりとした生暖かさとくすぐったさと、恥ずかしくてあ、と声が出るが、マイキーは止めてくれない。
「やめろバカ!汗かいてるし臭えだろうがよ!」
「うん、ちょっとしょっぱい」
「だからやめろって!離せテメェこら!」
「やだ」
「ああ!?」
もう片方の足で頭を押しても、マイキーは動じてくれない。足舐めるとか、マジでありえねえ。どうせ言っても聞きゃしないんだこいつは。
「バジさ、かわいーよな」
「あ?舐めてんのかテメェ。あっダジャレみたくなっちまったじゃねえかバカタレこのっ」
「舐めてねえし。可愛いよ。オレのこと考えて見えないとこまで気合い入れるバジはすっげえ可愛い」
そう言ってまた舌を這わせるマイキーの、視線があまりに雄っぽくて、瞳の奥から伝播したみたいに顔が熱くなる。足舐められてるのに、もっと深いところに触れられてるような気分になった。は、と息を吐くとマイカーがやっとオレの足を解放してくれた。
「オレ以外に見せんなよそれ」
「おお…。あ、そういやこれ千冬に見せてたわ」
「はー!?浮気!」
「浮気って。付き合ってねえのに浮気にはならねーよ」
「何言ってんだよこれから付き合うだろ」
「…は?」
「オレ足拭くやつ持ってくんね」
「え、ちょっと待て、まっ、マイキー!」
マイキーの言葉が理解しきれず追いかけようとしてベッドから転げ落ちてしまった。その間にマイキーは部屋から出て行って、あとは間抜けなポーズで落ちてるオレだけ。ちくしょうあの天上天下唯我独尊男め。恨み言を吐きながら起き上がれば爪先の赤が目に入って思わず頬が緩んだ。まあオレも大概ってこと。
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